ブリュンヒルデ
戦前、彼女の生活は実に規則正しかった。
朝は5時30分に起床し5分で洗顔と歯磨き、6分で着替え、12分で髪を整え6時には朝食の準備を始める。
メニューは常にオレンジジュースとスクランブルドエッグ、ジャムつきロールパンだ。
食事中、彼女が飼っている猫が足下でじゃれつくが、猫も心得たものできっかり1分20秒しかじゃれつかない。
食事中、ラジオをつけているが放送局は必ず、国営放送でアナウンサーがベルリン地区の天気を語り終えると共に彼女はオレンジジュースの最後のひとくちを飲み下す。
さあ、7時になるといよいよ出勤だ。
勤めている事務所まで右脚を388歩、左脚を389歩、交互に動かし彼女は出社する。
彼女がする最初の仕事はスタッフにコーヒーを淹れる事で最初のゼーゼマン所長から最後のウォルトマイヤー嬢まで順番に配ってまわる。
コーヒーの温度は常に76度以上78度以下であり、それを上回る事も下回る事もありえない。
始業開始のベルが鳴ると彼女はウォルトマイヤー嬢から本日分の伝票を受け取る。
これを集計するのが彼女の仕事でこのあたりは普通の女性事務員となんら変わらない。
ただし常にテキパキと勤務に精励する彼女の姿は女性事務員の鑑と言えよう。
勿論、彼女は無駄口などたたかない。

そんな彼女は軍隊生活が性にあっていた。
規則がきちんと決められ皆が規則に従うからだ。
(まれに従わない者もいるが)
ただし戦場生活となると話は別になる。
敵は全く規則を遵守しない。
(それが赤軍というものだ。)
敵の攻勢が始まると規則は存在意義を失い混乱が組織を支配する。
彼女は規則を愛し混乱を憎むが決してそれを表情には現さない。
ただ彼女の瞳の奥底だけで敵意が燃え上がる。


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