阿部隆史 執筆記事G『世界の艦船』2015年3月号



「何故、アイオワIowa級は45000tなのか?」と問われたならば、「それが第二次ロンドン条約のエスカレーター条項(※1)で許された最大限だから」となる。
この条約では主力艦の個艦性能を35000t以下、14インチ砲以下としていたが、未締結の日伊が1937年4月30日までに批准しない場合は制限を45000t以下、16インチ砲以下に緩和するエスカレーター条項が付随していた。
「何故、アイオワ級の主砲が16インチなのか?」の答えも同じである。
更に「何故、アイオワ級の全長はあれほど長いのか?」と問われれば「パナマ運河を通るには全幅を33m未満にせねばならず、それで45000tの艦を建造すれば長大にならざるを得ない」となろう。

アイオワ級(計画排水量45000t、完成時は48500t、全長270.4m、全幅33m)は基準排水量でビスマルクBismark級(41700t、251m、36m)とソビエツキー・ソユーズSovyetski Soyuz級(59150t、271m、38.9m)の中間に位置する。
しかし全長では1、2を争う程でありながら全幅はもっとも狭い。
この特異な外形は第二次ロンドン条約の制限とパナマ運河によって生み出された。
しかし16インチ砲と言っても45口径のMK6と50口径のMK7では旋回部重量で20%も差(※2)があり、何門装備するかはデザイン次第なので、45000tで長大な船体の戦艦と言っても幅広い選択肢(※3)があった。
主砲旋回部重量は最も攻撃力の小さいMK6の9門装備(4275t)と大きいMK7の12門装備(6912t)では差が約1.6倍にも及ぶが、アイオワ級は中間に位置するMK7の9門装備(5184t)で建造された。
勿論、これは33ノットの速力を発揮する為である。
果たして米海軍は何を目的としアイオワ級を建造したのであろうか?

戦艦 アイオワ



ライバルは金剛級か?
1935年12月9日に開催され翌年3月25日に調印された第二次ロンドン条約は1月15日の日本脱退、2月27日のイタリア脱退によって大きな成果を見いだせぬまま、その幕を閉じた。
最終的に英米仏で交わされた制限は各種艦艇の個艦能力の制限に過ぎず、「後に連合国となった海軍を縛る為の枷」としかならなかった。
それにも関わらず締結に至った理由は「状況によっては日本の再加盟があり得る」と英国が判断(※4)した為である。
本来なら日本が脱退した時点でエスカレーター条項を発効すれば早期にアイオワ級を建造できたが、発効は1938年6月末まで遅れた。
この間に米国は35000t級の新戦艦を続々と建造し、アイオワ級の設計をまとめているので「無駄に歳月が流れた。」とばかりも言い切れないが、アイオワ級の竣工が大和型に比べ大きく遅れた一因と考えられよう。
設計費が無駄になる事を覚悟の上で45000t級戦艦と35000t級戦艦の設計を並行して進められるのなら、大和型に対して見劣りのする35000t級戦艦に代わり当初から45000t級戦艦を建造できたのであるが、覆水盆に返らず。
空費された時間は戻らず米海軍は35000t級で太平洋戦争の開戦を迎えねばならなくなった。

さて、この様にして建造されたアイオワ級だが、その建造目的を知るには現代人の視点でアイオワ級を論ずるのでなく、当時の視点で米国の置かれた戦略環境を見る必要がある。
一部には金剛型に対抗しうる高速を求めアイオワ級が建造されたと論ずる方も居られる様だが、この説には少々賛同できない。
なぜなら現代人は当時、各国が保有していた艦艇の性能を全て知悉しているが、当時の各国海軍は限られた情報の中で判断し計画していかねばならないからである。
当時、刊行されていたウェイヤー海軍年鑑の1940年版では金剛型の速力を26ノット(実際は30.5ノット)、長門型を23ノット(実際は25ノット)と記述している。
何故であろうか?
長門型については建造当初から日本海軍が23ノットと公表(竣工時の実測26.5ノット)していたので、これを鵜呑みにしていた為であろう。
金剛型の場合、1914年度版では28ノット、1928年度版では27.5ノット、1940年度版では26ノットと年月が経るに従って微減しており、老朽化もしくは改装による重量増加の影響と考えられる。
この各年度のウェイヤー年鑑では両艦型に限らず、イタリア旧式戦艦を除く大部分の戦艦で概ね速力が微減(※5)している。
イタリア旧式戦艦は1928年版の22ノットに比べ1940年版では27ノットに激増しているが、これは船体中央の砲塔を撤去し機関に換装している為である。
金剛型ではこうした手段を取らずに出力を2倍以上に強化したので、対外的には30.5ノットに高速化した事が知られなかった。
よって金剛型に対抗する為にアイオワ級が建造されたとするのは考え難い。

戦艦 金剛

なお、米海軍の艦艇識別表でも金剛型は26ノットのままだが長門型は26ノット、大和型は28ノットとなっている。
どうも米海軍には長門の速力がばれていたらしい。
つまり米海軍は日本海軍最速の戦艦を大和型、それに準ずる戦艦を長門型、金剛型と考えていた訳で、金剛型ライバル説はすこぶる怪しい。
艦齢的に廃艦間近の老朽艦に対抗する為、米海軍史上最大の戦艦を建造するのは理に合わないし、それならば金剛型の代艦として建造されるであろう新型高速艦を目的にした方が整合性がある。
ではなぜ金剛型ライバル説が生まれたのであろうか?

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