大和設計案

その1:
大和型の設計案を22種類と書いたら「23種類ではないのか?」と言う質問を頂いた。
よって今日はそこら辺の話を書くね。
それではちょいと文献を並べて見よう。
原勝洋著「戦艦大和建造秘録」452頁では22種類。
原勝洋著「巨大戦艦大和の全軌跡」82頁では23種類。
丸「究極の戦艦大和」96頁では23種類。
歴史読本「戦艦大和激闘の軌跡」47頁では24種類。
歴史読本「大和と武蔵」36頁では24種類。
松本喜太郎著「戦艦大和・武蔵設計と建造」12頁では24種類。
世界文化社「戦艦大和100の謎」92頁では24種類。
ヤヌス著「戦艦大和図面集」5頁では24種類。
丸778号付録「大戦艦大和メカ読本」42頁ではなんと34種類!
ね、凄いでしょ?
つまり諸説、色々にして千差万別なのだ。
だから福井静夫著「日本の軍艦」74頁では20種類余、「海軍造船技術概要・上巻」34頁では20種類以上、平間洋一著「戦艦大和」29頁では「20種類を超える案」(30頁では22案を検討としているが)とボカして記述されているのである。
おっと、もっと書きたいが電話が鳴っちまった。
続きはまた後日。


その2:
なぜ大和型の建造に際しこれほど多数の設計案が検討されたかと言うと、その理由は「どの様な方向性を持った戦艦を建造するかが定まっていなかったから」である。
火力は大きい方が良いに決まってる。
装甲は厚い方が良いに決まってる。
速力は速い方が良いに決まってる。
航続距離は長い方が良いに決まっている。
建造費は安い方が良いに決まってるからサイズは小さい方が良い。
火力が大きく装甲が厚く速力が速く航続距離が長くサイズの小さい戦艦が出来れば良いがそんなの無理に決まってる。
あちらを立てればこちらが立たず、結局は何を優先するかで話が決まる。
つまり戦艦の方向性はサイズと攻防走のバランス配分、内容、レイアウトによって形成されるのである。
よって設計案の中には小さな大和型、大きな大和型、高速の大和型、低速の大和型、火力の大きな大和型、火力の小さな大和型など様々な大和型があった。
最大は公試排水量69500tのA140原案で最小は公試排水量50059tのK案(アイオワ型の公試排水量は約54396t)である。
火力が最も大きいのは46センチ砲10門のI案で小さいのは40センチ砲9門のJシリーズ案。
速力がもっとも高いのは31ノットの原案、低いのは24ノットのK案。
航続力が最も長いのは18ノット/9200浬のA〜B2案、短いのは16ノット/4900浬のF3案(出典にちょっと疑問があるが)。
防御力は対46センチ20000〜30000m(原案など)、対46センチ20000〜27000m(I案など)、対40センチ20000〜30000m(J3案など)、対40センチ18000〜27000m(J2案など)、対40センチ20000〜27000m(K案など)の5段階があった。
内容の差としては40センチ砲と46センチ砲の違いやタービン機関やディーゼル機関の相違などがある。
1門当たりの火力では40センチ砲より46センチ砲の方が上回るが門数が多くなれば総火力で40センチ砲が上回る事もありえるしディーゼルであれば燃費は格段に良くなる。
更にレイアウトでは主砲の前方集中配置、前方主で後方従、前後均等の3種類及び3連装砲塔と連装砲塔、混載の3種類が考えられる。


その3:
最初に設計された原案の特徴は機関がタービンのみである事と全長が294mと異様に長い事にあった。
20万馬力を発揮し速力は全設計案中で最速の31ノットながらタービンのみなので航続力は18ノット/8000浬と短い。
主砲配置は46センチ3連装砲塔3基を前方集中形式で後方には航空艤装と副砲配置が当てられている。
大和の設計案各種の中でこの原型と最終案のふたつだけが「タービンのみ」である事に注目して頂きたい。
大和型戦艦とはタービン戦艦で始まり、なんとかディーゼル戦艦にしようともがきにもがいた揚げ句、最後はタービン戦艦で締めくくられた物語なのである。
資源小国の島国としちゃ燃料問題は避けて通れない関心事なのだ。
さて、燃費の悪い原案を前にして設計者達は「これをたたき台にしてなんとか傑作戦艦を建造しよう」と案を練りまくった。
この時点で46センチ砲装備はほぼ確定だったのでまず機関の種類で分けられた。
すなわちディーゼルとタービンの混成としたのがAシリーズ、ディーゼルのみとしたのがBシリーズである。
航続力はどれも18ノット/9200浬である。
そして次に主砲配置のレイアウトで更に細分化された。
3連装砲塔3基を前方集中形式で配置したA、B案。
3連装砲塔2基を前方、1基を後方に配置したA1、B1案。
連装砲塔を前後均等に2基ずつ配置したA2,B2案。
こう書くとなんだか、A1案とB1案、A2案とB2案は「機関が違うだけであとは同じ」みたいに感じるだろうけど、スペックではAシリーズは公試68000t(以降、排水量は全て公試)で全長277m、速力は30ノット、Bシリーズは60000tで全長247m、速力は28ノットとだいぶ違うのである。
あと付録みたいな物としてBをもう少しリーズナブルにしたC案とD案があった。
C案は低速重防御艦で58000tの26ノット(105000HP)、D案は高速軽防御艦で55000tの29ノット(140000HP)。
まあ、こんだけありゃあ「並んでる中からどれでも好きなの選びな!」って事で済みそうな物だがそうは問屋が卸さなかった。


その4:
我が儘な連中が「A案とB案の中間位のがいいや。速力はちょっと我慢するし航続力も短くて良いからもっと小さくしよう。」と言い出したのである。
かくして加わったのが46センチ3連装砲塔前方集中配置で混成機関28ノット、航続18ノット/8000浬のG案。
でも公試排水量は65883t(以下の排水量は全て公試)であまり小さくならなかった。
小さくてリーズナブルなのが望みだったのだからこれじゃ通る訳がない。
よって様々な手段で「エコ大和」が次々と設計されていった。
速力、航続力、防御力の全てをちょっとずつ犠牲にした61600tのG1A案(26ノット、16ノット/6600浬)、主砲の46センチ砲を1門減の8門(混載で前方集中配置)にし速力を24ノットまで低下させ航続も16ノット/6600浬で我慢(防御も犠牲にした)をした究極のエコ戦艦(50059t)であるK案(もうこうなると意地で46センチ砲装備の戦艦を設計してるとしか思えない)。
それじゃあんまりだから速力は27ノット、航続は16ノット/7200浬で3連装主砲塔1基を後方へ移したF案(60350t)。
「46センチに拘らなくても良いんじゃない?」って大人的発想で主砲を40センチ砲3連装3基の前方集中配置とし防御も我慢し速力も27.5ノットで抑え航続も16ノット/7200浬とした「パッとしない」J0案(52000t)。
それを「もうちょっと個性だそうよ」って事で29ノット(航続は18ノット/6000浬)にしたJ2案(54030t)。
大御所平賀が踊り出て「わしも交ぜろ!」と提出した46センチ砲10門のI案。
このI案は主砲を連装砲塔と3連装砲塔の混載とし前後均等配置にしているんだけど言うなれば金剛代艦(平賀案)のレイアウトと全く同じなのだ。
よっぽどこの主砲配置が気に入ってたんだね、大御所は。
そしてこれら諸案に様々な改正案(改悪案?)が続々と加わっていった。
40センチ砲でリーズナブルが売りのくせに「砲塔1基増の12門にして火力を増大しようや。」って本末転倒な事をしたJ3案(58400t)。
「前方集中配置は構わんのだけど3番砲塔の向きだけ変えてみては?」って意見のG0A案(65450t)などなど・・・
あんまりたくさんあるから書くの嫌んなっちゃった。
この様な次第で設計案(ちょっとしか違わないのが数多く存在する)はバカみたいに増えていったのである。
こうして見ると日本海軍が主砲門数や速力はもとより航続距離や燃費、サイズ(建造資材)、工数(建造期間)に対して如何に関心を持っていたか判る。
よってゲームに反映させるなら火力や速力、装甲など戦術的局面を再現するのに激闘シリーズ、航続距離、燃費、サイズ、工数など戦略的局面を再現するために太平洋戦記シリーズと別に作らなくてはならないのだ。
一緒にできないかって?
ちょっと難しいなあ。
「日露戦争」ではまあ、やってみたんだけどね。
太平洋戦争となると期間、数的ボリューム、空間的規模が大きくて大変だよ。


その5:
大和型設計案のひとつの特徴として「気の狂った様な副砲配置」がある。
いったい誰が考えついたんだろうね?
世界中の戦艦を見てもあんな不思議な副砲配置は見あたらないよ。
何?
どんなのか知らないって?
しからば・・・
まず最初の原案、A案、B案は主砲塔がネルソン型とそっくりな前方集中配置で船体後方がガラ空きだったから最後尾は航空艤装、その直前に15.5センチ3連装副砲塔を背負式に中心線配置、そしてその左右舷側にも1基ずつ配置した。
うん、これならおかしくない。
リシュリュー型(こっちは3連装副砲塔3基だが)に似てかっこいいし僕も合理的だと思うよ。
しか〜し!
前方に3連装主砲塔2基、後方に1基のA1、B1案がいけなかった。
15.5センチ3連装副砲塔4基をゴッソリとマストと3番主砲塔の間の空間にまとめて配置したのである。
どんな風にかって?
まずマスト直後の左右両舷に1基ずつ配置される。
次にその後の中心線上にちょっと高くして1基。
更にその後の中心線上にもっと高く背負式に1基。
ねっ、変でしょ?
そして主砲を前後均等配置の連装4基としたA2、B2案も負けずに変!
マスト直後の中心線上に背負式で配置するのは一緒だが両舷にあった副砲塔が3番主砲塔と4番主砲塔の間の位置まで後退しているのである。
これじゃあ4番主砲塔が真横までしか撃てないよ。
副砲配置には他にもリーズナブルなJシリーズやKシリーズに対応した15.5センチ3連装副砲塔3基(リシュリューとだいたい一緒)のパターンや「主砲をできるだけたくさん積もうや」って事で逆に副砲は15.5センチ4連装副砲塔2基(いいかい?4連装だよ)にしたI案、みんなが知ってる大和型となった2番主砲塔直後と3番主砲塔直前の中心線上に各1基、船体中央左右舷側に各1基のFシリーズがあった。
一番まともなのがFシリーズ、次が原案とJシリーズ、悪くはないけど4連装の新設計に手間がかかりそうなI案、もうダメダメなその他って感じかな?
まあ、Fシリーズだって「誘爆したらどうするの?」って説(「そんな事ねえっ!」って頑張る論者も大勢いるが)もあるし超大和型になると「副砲って何?」ってハナシになっちゃうんだけどね。
だとすると・・・
原案とJシリーズが最善って事になる。
う〜ん、和製リシュリュー(主砲配置はネルソン)かあ・・・


その6:
さて、ズラリと出揃った大和型の設計案の中で本命となったのは大多数を占めた前方集中配置の諸案ではなく意外にもF案だった。
ただしF案はリーズナブル路線だから火力が小さく装甲が薄い。
そこで主砲を1門増やし装甲も強化したF3案が設計された。
F1案やF2案もありそうな物だが現在はまだ、発見されていないらしい。
なお発見されているF3、F4、F5、F6案は松本喜太郎著「戦艦大和・武蔵設計と建造」(大和関連でもっとも権威あるとされている文献)にデータが記載されており基準排水量も書いてあるのだが、この数値がどうもおかしい。
ちょっと並べて見よう。

公試排水量 基準排水量 航続力(16ノット巡航)
F3案 61000t 57776t 4900浬
F4案 62545t 58260t 7200浬
F5案 65200t 62315t 7200浬
F6案 68200t 64000t 7200浬

ちなみ最高速力はどれも27ノット、兵装はほぼ同様(F6案だけ機銃が若干異なる)、防御は同じ、機関出力もF6案がタービンのみで15万馬力なのを除きどれもタービン7万5千馬力、ディーゼル6万馬力で同じ、大きさも最短のF3案が246m、F4案が248m、F5案が253m、最長のF6案の256mで大して変わらず全幅、喫水は同じである。
前にも書いたが基準排水量とは燃料(水も含む)を搭載しない状態、公試排水量とは燃料(および水)を満載の2/3搭載した状態である。
よってその差から燃料搭載量が判る。

燃料 航続力
F3案 3224 4836 4900浬
F4案 4285 6427 7200浬
F5案 2885 4327 7200浬
F6案 4200 6300 7200浬

なんでF5案は燃料が一番少ないのに7200浬も航続力があるのか?
なんでF6案は「タービンのみ」なのに燃料搭載量がほぼ同等のF4案と航続力が匹敵するのか?
全くおかしな話である。
どれかの数値が間違っているのであろう。
その「どれか」が判らないから「Fシリーズはどの様に進化したか。」を解説するのが難しくなる。
基本資料の数値が「あてにならない」のだからどうしようもない。
よって「Fシリーズはどの様に進化したか。」の解説はやめにして「はい、色々あってF案はF5案になりました。」と締めくくる事にする。
どうもF3案の航続4900浬てのが甚だ胡散臭いのだ。
たくさんある大和型の設計案の中でこんなに短いのはこれだけである。
その上はもう6000浬までとんじゃってるんだから。
(F1やF2案が発掘されればもっとあらすじが見えて来るのかも知れないが)
で、F5案なんだが「とんでもない事態」が発生してF6案に改案される。
賢明なる読者はもうお判りの事と思うが「ディーゼル機関はモノになりそうもない」ってのが発覚し「タービンのみ」が決定されたのである。
これでもう機関出力やら燃費やら航続力やら最高速力やら船体のサイズやら何もかもが・・・(「ふりだし」に戻る)
嗚呼。
こうして出来たのがF6案で最終案(つまり大和型)となった。
ま、大和型の設計経緯はだいたいこんな所である。


その7:
さて「タービンのみ」と「ディーゼルとタービンの混成」、「ディーゼルのみ」はどこが違うのであろうか?
それはズバリ、煙突の数と形が違うのである。
大和型と言えば「船体中央にデンと構えた太い斜めの1本煙突」が特徴だがこれは最終案が「タービンのみ」だったからで「ディーゼルとタービン混成」の煙突は中くらいのタービン用煙突と極細のディーゼル用煙突の2本煙突、「ディーゼルのみ」は極細の1本煙突(ディーゼルだと煙突のおかげで船体上部の省スペース化が可能)となる。
と、言う訳で今回もちょっとばかり機関系の話をしよう。
まずは燃費の差だけど海軍造船技術概要・上巻37頁に「タービンのみ11万5千馬力」と「タービン6万馬力+ディーゼル5万馬力の混成」を比較した表が載っており18ノット/8000浬の燃料所要を「タービンのみ」が8400t、混成を5700tとしている。
混成だと燃費が良くなり2/3の燃料で済む訳だ。
ただし「機関室面積当たり発生馬力」は「タービンのみ」の方が有利で1割ほど発生馬力が大きい。
つまりディーゼルで同等馬力を確保するには機関室を大きくせねばならなくなり船体が大きくなってしまう。
でも燃費が良くなるので燃料庫は小さくなり船体は小さく出来る。
よって長大な航続力を求めるなら燃料庫のサイズが大きな影響を及ぼすのでディーゼルの方が有利となり、そうでないなら機関室スペースを小さくできるタービンの方が有利となる。
ここで考えねばならないのは「戦艦が決戦海面までどれだけの航海をしなければならないのか?」という事である。
必要以上に航続力が長くても大してメリットはない。
少々燃費が悪く航続力が短くても戦略的に間に合うのであれば「タービンのみ」にして機関室の省スペース化を図った方が全体的に小さく船型を設計する事も可能であり「航続距離の決定」や「機関構成の決定」は「戦略方針の決定」と切っても切れない関係にあると言える。
ちなみに「タービンのみ」の最終案は燃料6300tで航続7200浬だから燃費は1t当たり1.14浬であった。
それに対しF4案は総馬力で1割減、出力の半分弱がディーゼルと言う好条件なのに航続力が同等で燃料搭載量も最終案とほぼ同等の6427t(つまり燃費も同じ)なのはとても変だ。
ではどの位だったら妥当なんだろうか?
やはり2/3だろうね。
そしてこれはまさにF5案の数値(燃料4327t、航続7200浬なので燃費は1.66浬で最終案の68%)。
そうなるとF5案が正しく「F4案は公試ではなく満載時の燃料搭載量を記載していたのではないか?」と思われる。
もうひとつ面白い数値があった。
F3案の青焼図面に重油庫量3090tと記載されているのだ。
F3案の公試排水量は61000t、基準排水量は57776tで差は3224だからおおまかな燃料搭載量は4836tとなるはずなのだ。
4836tと3090tのどちらが正しいのだろうか?
4836tだとした場合、航続は4900浬なので燃費はほぼ1浬となる。
とても混成では考えられない数値だ。
それに対し3090tの方は1.58浬でありF5案の燃費1.66浬に対しても「妥当な数値の範囲内」と考えられる。
う〜ん、先日は「F3案の航続4900浬てのが甚だ胡散臭い」と書いたがどうやら航続力の誤記(なぜ駆逐艦程度に短いそんな航続力で設計案を作ったのかは謎のままだが)ではなさそうだ。
なお、前述した海軍造船技術概要の燃費は混成が1.40浬、「タービンのみ」が0.95浬だけどこれは18ノット巡航(Fシリーズは16ノット巡航)だから比較の対象外である。


その8:
戦艦の艦容に大きな影響を与える構造物は砲塔や煙突だけではない。
他にも艦橋、マスト、高角砲など色々とある。
今日はそこの所を述べていこう。
まず艦橋だがA140設計案の艦橋は大和型と比叡の中間みたいな感じだ。
ただし大和型は高くなるにつれて後退し「のけぞった姿勢」だけどA140は逆で「つんのめった姿勢」になってるから山城型の方が似てるかも知れない。
マストは船体中央から後方1/3までの間(主砲塔配置で異なる)にドンと三脚マストが1本屹立しているがこれだとアンテナ線を短くしか張れない。
よって実際に建造した際には船体中央のケースでは大和型類似の斜めマストに変更された可能性がある。
艦尾は航空艤装スペースだが大和型では高い位置にあったカタパルトが低い方の甲板へ配置されている。
よって低い方の甲板は大和型よりずっと面積が広い。
A140の設計に当たり魚雷発射管の搭載が検討されたとする資料があるが予定装備位置はこの低い甲板ではないかと僕は推測する。
だって高い位置から発射したら海面にぶつかっただけで魚雷が壊れちゃうでしょ。
「戦艦の艦尾に魚雷発射管?変なの!」って声が聞こえそうだが前例が無い訳じゃないんだ。
ドイツのポケット戦艦が装備してたからね。
なにしろ日本海軍はポケット戦艦がディーゼル化されたのを見て「なるほどねえ、うちでも是非やりたい!」って始めたくらいだから魚雷発射管の艦尾配置も「せっかくだから」と取り入れたかも知れない。
ま、僕の憶測に過ぎんけど。
次に高角砲。
言わずと知れた89式12.7センチ連装高角砲を原案では6基、A、A1,A2、B、B1、B2、I案では8基、その他の諸案では6基装備している。
面白いのは配置だ。
A案では艦橋の後ろ左右両舷に4基ずつ配置しており普通だった。
これがA2案になると艦橋直後に中心線1基、第1煙突を挟んで左右両舷に3基ずつで最後に第2煙突直後の中心線1基となる。
BとB2案では艦橋直前の中心線に1基、艦橋直後の左右両舷に1基ずつ、その次が中心線と左右両舷に1基ずつ、最後に煙突直前の左右両舷1基ずつである。
A1案は艦橋直前と直後の中心線に1基、第1煙突を挟んで左右両舷に2基ずつ、第2煙突直後の中心線に背負式で2基を配置している。
B1案は艦橋直前の中心線に1基、艦橋直後の左右両舷に1基ずつ、その次が中心線に1基、ついで左右両舷に1基ずつ、最後に煙突直後の中心線に背負式で2基である。
判った?
言葉で説明すると判り辛いよね。
う〜ん、それでは・・・
簡単に言うと、とても中心線配置が多いのだ。
一番たくさん高角砲を中心線に配置したのはA1とB1案の4基だけど合計門数は8基16門ながら片舷射撃門数は12門になる。
これは最終案に対して2倍(対空火力増強後の大和型に匹敵)であり1935年頃の日本海軍が対空火力の強化に相当、力を入れていた事が伺える。
だが惜しいかな、最終案に近づくにつれ数が減っていき高角砲の中心線配置は0になってしまう。
なお、中心線に配置されたのは主砲や高角砲だけではない。
A、Bシリーズでは副砲も4基のうち2基を中心線に配置していた。
つまり副砲と高角砲を合わせて中心線配置は6基にもなる。
これに比べ第一次世界大戦後に竣工した主力艦の中で主砲以外を中心線に配置したのはリシュリュー型が副砲1基、ダンケルク型、ドイッチュラント型、シャルンホルスト型、改装後のフッド型などが高角砲1基、アラスカ型が高角砲2基を配置した位で他にはあまり見られない。
中心線に配置するって事は左右両舷に撃てる訳だからとても効率が良い。
副砲+高角砲の片舷射撃能力で見るならA1やB1案は副砲9門、高角砲12門の21門、最終案は副砲9門、高角砲6門で15門になる。
外国艦と比べると副砲+高角砲の片舷射撃門数は英新戦艦が8門、米新戦艦が10門、ソビエツキー・ソユーズ型が10門、リットリオ型が12門、リシュリュー型が12門、ビスマルク型が14門だからA1やB1案の21門は遥かに有利である。
もうひとつ外形的な特徴を挙げておこう。
設計案の段階では第2主砲塔横の甲板に段差がありいわゆる大和坂がない。


その9:
さて、ズラリと並んだ大和型設計案、これらの中で「どんな状況であればどれが実現可能だったのであろうか?」を考えてみよう。
まず第1にディーゼルの夢をもたなければA140の原案は成立しうる。
図体がデカイと言う欠点があるが「タービンのみ」なので技術的に簡単だ。
2番目に海軍首脳部に「我が儘な人」がいなければA、B、C、D案のどれかが採用されていた可能性がある。
だけど「その中のどれよ?」と聞かれると「金に糸目をつけずディーゼルと言う技術革新なんかあてにしない」のなら豪華なA案で決まりだ。
「なんとかディーゼルをモノにする」のが前提で豪華なのがB案。
「豪華でなくて良いよ、安い戦艦が欲しい」のならC案。
「いやいや、安くて高速な巡洋戦艦が良いよ」ならD案となる。
3番目に「安ければ安い方が良い。我国は貧乏島国の資源小国なのだ。」と稀代のシブチン倹約家であれば文句無くK案。
なにしろ公試排水量が大改装後の長門型に比べ僅か15%増の小型船体に46センチ砲を8門装備(長門型と同数)した究極のエコ戦艦だ。
速力が低い事と航続力が短い事に目をつぶりゃ舷側装甲は長門型の305ミリに対して381ミリでかなりのお買得品だよ。
横須賀の6号ドックを建設しなくとも全幅が小さいから既存の5号ドックを手直しするだけで間に合いそうだしね。
(6号ドックを作らなきゃ随分と経費節減になる)
4番目に平賀御大に押し切られていたらと言うケースが考えられるな。
すなわちI案だ。
この設計案は火力は最強、防御は重厚、速力もまずまずでカタログスペックとして申し分無しなんだが全体に窮屈で副砲が新設計の4連装砲塔(日本では4連装なんか作った事ない)になるなどかなり怪しげだった。
更にI案では主砲塔に連装と3連装の2種類が必要だったから、この点でも開発期間の長期化が危ぶまれた。
まあ、それに関してはF案、K案なども一緒であるが。
5番目に「46センチ砲開発が頓挫したら?」と言う可能性でJ案が考えられる。
J案と言っても色々(なんと確認されてるだけでも7種類!最初がJ0で最終がJ9だから恐らくは10種類!)あるけどね。
一番小さいJ0案は公試排水量52000t、一番大きいJ9案は61000t、全長だって最短は242m、最長は270mだ。
速力も27.5ノットから30ノットまでバラバラである。
最後に「ディーゼルの夢を諦めなかったら?」と言う可能でF5案が考えられる。
日本海軍は大鯨でディーゼルに挑戦し結局は諦めてしまったが「もう少し頑張ればモノになったはず!誠に惜しい!」とする論者もいるのだ。
飛行機発動機の誉みたいな物で「コンセプトは悪くない。ただ時間が足りなかっただけなのだ。」といった感じである。
「ディーゼルなんかやめちまえ派」の急先鋒は平賀御大(そうでないとする説もある)だったそうだが、怒りっぽくて血圧が高そうなのでポックリフラグがオンになる事も有り得たであろう。
となればF5案で建造された可能性は高い。
さて、F5案と最終案はどこが違うんだろうか?
大和坂や航空艤装、艦橋の変更はリファイン化の産物だからまだだったかも知れないし既に始まっていたかも知れないので判らない。
確実なのは煙突で2本から「極太1本」に変化した。
それと最終案では高角砲6基が煙突を挟んで両舷配置されてるけど僕にはF5案でも同様だったとは思えないんだ。
あそこまで高角砲の中心線配置に拘った日本海軍だ。
もし可能性があれば必ずや中心線に配置したと思う。
だとすれば・・・
せっかく煙突が細いんだから高角砲6基のうち4基は煙突横の両舷配置としても2基は艦橋直後と煙突直後の中心線配置(マストは後方へ移設)だったんじゃなかろうか?
憶測だけどね。


その10:
AシリーズとBシリーズ6タイプのうち4タイプが3連装砲塔3基9門、2タイプは連装砲塔4基8門である。
連装砲塔のデメリットは門数が1門減少するだけではない。
砲塔数が増えるので主要防御区画が増えてしまい同等の防御を求めるのであれば装甲重量が増大する。
砲塔自体の重量も見逃せない。
概略設計では3連装砲塔3基前方集中配置のA案と連装4基配置のA2案は双方とも公試排水量68000tなのだが詳細な重量区分表だとA案の船体装甲重量20852t、砲塔装甲3488tに比べA2案では船体装甲重量21637t、砲塔装甲重量4950tと大きく増加している。
それにも関わらずなぜ、連装砲塔案が検討されたのであろうか?
その理由は「連装砲塔に利点が多かった」からに他ならない。
まず日本海軍の主力艦が装備した主砲だが砲塔の旋回、砲身の俯仰、砲弾の装填、砲身の復座は水圧を動力としている。
実はこの動力が「全門で同時に撃つ」には充分でなかったのだ。
「全門で同時に撃つ」のは不可能ではなかったが発射速度が大きく低下する。
更に多数弾が同時に着弾するので射撃管制に困難が生じ命中率も下がる。
よって半数ずつの砲での交互射撃が基本となった。
だから機構上は連装砲塔の方が合理的だったのだ。
みんなも連装砲塔で1門だけ仰角を上げた戦艦主砲の写真を見た事あるでしょ。
そして「だった」と書いたのは問題が動力不足に起因する事であり動力不足が解決すれば発射速度の低下は招かずに済むからである。
3連装砲塔になったからと言ってすぐに「全門で同時に撃つ」となるのではなく基本としては「半数ずつの交互射撃」(奇数だから割り切れないが)なのだがそれまで連装砲塔で訓練し術力を高めてきたソフト的資産を捨て一気に3連装砲塔に切り替えるのは難しい。
よって大和型戦艦の設計案でも連装砲塔と3連装砲塔の利害得失が検討されたのである。
恐らくは連装砲塔の方が若干、発射速度が速く出来るのであろう。
命中率を向上させやすいのであろう。
機構的に不安がないのであろう。
だが発射速度なんて造兵屋が頑張って技術革新をすれば向上できるだろうし命中率なんて鉄砲屋が頑張って訓練すれば最初は低くてもおいおい当たる様になるだろうし不安なんて霊験あらたかな神社のお札を貼っておけば雲散霧消するだろう。
要は「保守的になりすぎちゃうのってどうよ?」って考えが大勢を占め初期に検討された連装砲塔4基案はボツとなったのである。


その11:
さて、ここでもう一度、大和型の開発案を大系的にまとめてみよう。
まず各シリーズの頭文字(アルファベット)を以下に並べる。
もう充分に判っている方はちょっとくどいと思われるかも知れないが「なりゆき」で始めてしまった話なので説明の順番があまり良くないのだ。

1. 原案:タービンのみ
2. A:機関は混成、砲塔配置でA、A1、A2の3種に区分
3. B:機関はディーゼルのみ、砲塔配置でB、B1、B2の3種に区分
4. C:Bのエコ版で低速の戦艦タイプ
5. D:Bのエコ版で高速の巡戦タイプ
6. F:A1のエコ版で主砲が1門減の8門、後に9門に増えエコでなくなった
7. G:Aの発達系
8. I:A2の発達系で平賀デザインの火力強化型(10門)
9. J:40センチ砲装備タイプで大きいのや小さいのなど多数ある
10. K:Aのエコ版で主砲が1門減の8門

簡単に説明すると原型から源を発した進化の流れは機関と主砲配置の差異によりAからB2の6本の流れに別れ、それが様々なシリーズに変化していった。
よって階層構造(変遷図だともっと解りやすいんだけどね)で書くと以下になる。

原案(機関はタービン、砲塔配置は前方集中で3連装:9門)
 1.A(機関は混成、砲塔配置は前方集中で3連装:9門)
  1−1.G(同上で3連装もしくは混載8〜9門)
  1−2.K(同上で混載:8門)

 2.A1(機関は混成、砲塔配置は前方重視で3連装:9門)
  2−1.F(同上で3連装もしくは混載8〜9門)

 3.A2(砲塔配置は前後均等の連装:8門)
  3−1.I(同上で混載:10門)

 4.B(機関はディーゼル、砲塔配置は前方集中の3連装:9門)
  4−1.C(同上)
  4−2.D(同上)

 5.B1(機関はディーゼル、砲塔配置は前方重視で3連装:9門)

 6.B2(機関はディーゼル、砲塔配置は前後均等の連装:8門)

なおJは40センチ砲であれば全て包括されるので上記には含まれない。

「ディーゼルのみ」ってのは冒険が過ぎるから早々に候補から外された。
最終的に出揃ったG、K、F、Iなどの諸案のコンセプトは「主砲を1門でも多く」がI案、「可能な限り船体を小さく」がK案、「合理的な範囲で戦力を高く」がG及びF案となる。
となればGとFが残るのが道理で主砲配置を防御や機関配置の効率で有利前方集中とするか、保守的だが柔軟な運用に利便性のある前方重視とするかが問われた。
それでまあ、色々と紆余曲折の揚げ句、最終的にF案と決定したのである。 


その12:
さて、前回触れなかったJシリーズに筆を進めよう。
Jは各型全ての40センチ版だと思えば良いのでシリーズとしてのコンセプトはない。
まず判明しているJシリーズの諸案を下記する。

J0 52000t 前方 242m 27.5kt  9門
J2 54030t 前方 255m 29.0kt  9門
JX 53000t 前方 244m 28.0kt  9門
J3 58400t 均等 252m 28.0kt 12門
J5 53540t 混載 246m 28.0kt 10門
J6 51800t 不明 247m 28.0kt  9門
J9 61000t 均等 270m 30.0kt 12門

JXとはJ(8月10日)案の事である。
航続力はJ2が18ノット/6000浬で他は16ノット7200浬である。
それではJ2が16ノット巡航で航走したら航続力はどうなるのであろうか?
混成で16ノット/7200浬は燃料搭載量4327tのF5案と同等である。
F5案の燃費は1t当たり1.66浬だ。
混成18ノットの燃費は「海軍造船技術概要の燃費」で1.4浬と判る。
だとすれば4327×1.66=7182で16ノット巡航の航続力が判る。
何の事はない。
16ノット7200浬と18ノット6000浬は表現は異なるだけで燃料搭載量は同じなのである。
防御力はJ0〜JXが40センチ弾に対して安全圏18000〜27000m、J3〜J9は40センチ弾に対し20000〜30000mとされている。
設計案では具体的な装甲厚ではなくこうした記述なのだがA〜D案(Dを除き同一)や最終案など数値が判明しているケースもあるので類推はできる。
A案  舷側432ミリ 上面229ミリ 砲塔584ミリ
D案  舷側381ミリ 上面203ミリ 砲塔457ミリ
最終案 舷側410ミリ 上面200ミリ 砲塔650ミリ 天蓋270ミリ
F3案 舷側420ミリ 上面215ミリ 砲塔550ミリ
安全圏はA案と最終案が対46センチで20000〜30000m、D案が対40センチで20000〜30000mである。
「あれ、A案と最終案はなんで厚さが違うの?」と思われるだろう。
艦艇の防御は必ずしも全体に同一な装甲を施すとは限らない。
設計者が弾薬庫や砲塔の装甲を重点的に強化したいと考えれば、その分の装甲重量を他から転用せねばならないのだ。
砲塔の数値にご注意頂きたい。
A案は全体へ対して比較的に均質な防御を施しているが最終案では主砲塔を重点的に固めているのである。
よって設計案のレベルでは安全圏で同一の数値であっても装甲厚は必ずしも同一とは限らない。
さて、大和設計案の防御は対46センチ20000〜30000m、対46センチ20000〜27000m、対40センチ20000〜30000m、対40センチ18000〜27000m、対40センチ20000〜27000mの5種類なのだが舷側と上面に分けると以下になる。

舷側装甲
対46センチ20000m A案432、F3案420、最終410ミリ
対40センチ18000m
対40センチ20000m D案で381ミリ

上面装甲
対46センチ30000m A案229、F3案215、最終200ミリ
対46センチ27000m
対40センチ30000m D案で203ミリ
対40センチ27000m

J0〜JXは舷側装甲や主砲塔前面の防御に重点を置きJ3〜J9は上面や天蓋に重点を置いたと考えられる。
多分、J3〜J9の装甲厚はD案と同じだと思われるが確証はない。
J0〜JXの装甲厚は舷側装甲や主砲塔前面はD案より厚く上面や天蓋は薄いと考えられるが舷側装甲や上面装甲は同等で砲塔前面や天蓋で変化している可能性もあると思う。


その13:
Jシリーズは各シリーズの40センチ砲版だと解説したが具体的に「どれがどれに対応しているか?」をチェックしてみよう。
まずJ0だけど速力がちょっと低いのでG1A相当、J2はその速力強化タイプなのでG2A相当と考えられる。
JXはJ0と火力、出力、航続力、防御力が同等でサイズがほんの少し大きくなり速力が0.5ノット高くなっただけに過ぎない。
J3は均等配置の4砲塔なのでA2案に対応していると考えられよう。
J9はJ3の出力を大幅に増やし速力を高くした改良型で「もうこうなると大きさから言って対応はモンタナ型?」と言いたくなる。
やばい・・・
Jシリーズの事ばっかり書いてたら愛着が湧いてきちゃったぞ。
本来は「46センチ砲の開発が失敗したら?」って事で「滑り止めみたいな存在」のはずだったんだが。
なんだか「頑張れJ9、モンタナに負けるな!」とか「それゆけJ2、アイオワなんか目じゃないぞ!」と応援したくなってきた。
次にJ6だが出力や主砲配置などが不明なのでどれの対応なのか判らない。
いや、そもそもJ0やJXとどこが違うのかも判らない。
ひょっとしたら意外な主砲配置なのかも知れない。(Fの40センチ版?)
40センチ連装砲塔2基と3連装混載のJ5は文句無くI案の対応だが、もはや金剛代艦平賀案そのままに近いので折角だからここで三者を並べてみよう。

艦型 排水量 速力 全長 全幅 舷側装甲
金剛 37600 26 232 32.2 381ミリ
J5 53540 28 246 38.3 381ミリ推定
I案 65050 28 268 38.9 432ミリ推定

さて、ここで欠番について考えるとしよう。
普通なら46センチ3連装砲塔を40センチに換装するなら40センチ4連装砲塔が登場しそうだがFシリーズにそれは見当たらない。
40センチでも3連装砲塔のままなのだ。
また40センチ3連装砲塔であればターレットサイズが小さくなってグッとスリムになりそうな物だがJシリーズでも全幅は広いままである。
これはどうにも釈然としない。
前述した様にJシリーズはJ0からJ9まであり確認されているのは7種類。
しかもJ6は砲塔配置が判明していないのだから実際には6種類だ。
「欠番の設計案は最初から存在しないんだよ。」などと言いたもうな
J0からJ9まで10種類のうち未解明の4種類をアレコレと想像する所にロマンがあるのだから。
それじゃ、どんな配置が考えられるだろうか?
えっ、利根?
そりゃあんまり突飛だ。
ぼくとしてはそうだねえ〜、46センチ砲連装4基で均等配置のA2案が13号艦型の再来ならば天城/紀伊型の再来となる40センチ連装5基の設計案が検討されたとしてもおかしくはないと思っている。
それと40センチ4連装砲塔は検討されても良さそうな気がする。
米のノースカロライナ型初期設計案や英のキング・ジョージ5世型、仏のダンケルク型やリシュリュー型など世界中が4連装に進もうとしている趨勢なんだから日本海軍が検討すらしないってのはちょっとねえ?


その14:
欠番が存在するのはJシリーズだけじゃないよ。
EとHが無いのは変でしょ。
誰だって不思議だと思うよね。
なぜ欠番になったのか、未発見なのか、だとすればどんな案だったのか・・・
そこで今日は「現在は発見されていない謎の砲塔配置」について考えてみよう。
どんな砲塔配置が考えられる?
えっ、46センチ連装5基10門?
そりゃちょっと無理だ。
だって砲塔の重量が大きな制約になるし全長が長くなりすぎるもん。
だから4基のA2案やI案が関の山なのだ。
だったら46センチ3連装4基12門?
まあ、可能ならそうしたいだろうけど、それが出来ないからI案で混載の10門になっちゃったのだ。
前方1基で後方2基の後方重視?
後方重視ってあんまり例がないんだよね。
ちっちゃな単装砲ならともかくちゃんとした連装砲塔や3連装砲塔で前方1基、後方2基ってのはとても少ないんだよ。
連装と言っても砲塔でないのなら英のハント型護衛駆逐艦や蘭駆逐艦のI・スウェアーズなどがあるけどね。
日本海軍は後方重視の総本山なので特型駆逐艦(24隻)や朝潮型(10隻)、陽炎型(19隻)、夕雲型(19隻)おまけに島風の合計73隻も建造したからよく見かけるけど海外の艦で実際に竣工したのは仏のル・アルディ型駆逐艦(8隻)、中国のニンハイ型軽巡(2隻)、独のK型軽巡(3隻)やライプチッヒ型軽巡(2隻)、スウェーデンのトレ・クロノール型軽巡(2隻)くらいだ。
日本艦73隻に外国艦17隻の合計90隻だから後方重視全体の日本艦が占める比率は8割にも達する。
だからひょっとしたら日本海軍は大和型の後方重視を検討したかも知れない。
46センチの4連装?
そりゃ幾らなんでも全幅が広くなりすぎて無理でしょ・・・
連装もしくは3連装で砲塔数4基以内か。
まあ、効率を考えなければ船体中央に配置する事も考えられるな。
英海軍は日本海軍の師匠なんだからG3型巡戦やN3型戦艦と似た奇抜なダインコート方式も不可能とは言えない。
場合によっては4基で1基だけ後方ってのも有り得る。
う〜ん、こうやって思いを巡らすのも楽しいな。


その15:
欠番と言えばFシリーズもFに続くF1、F2が欠番(場合によってはF0も)でF3からF6まで続いている。
Fシリーズは主砲配置の前方重視がコンセプトだがなんとFは前方に連装と3連装を混載した8門艦でF3以降は3連装3基の9門艦である。
いったい何時、8門から9門へ変化したのだろう。
はたして欠番の艦は8門だったんだろうか?

8門艦と9門艦の違いも気になるがK案とG案でどこが違うのかも気になる。
概略では主砲が前方集中配置で小型なのがKシリーズ、大型なのがGシリーズだがKシリーズが8門艦なのに対しGシリーズには8門艦と9門艦が混在する。
まずKシリーズについて述べるとK案の他にK8月5日(その1)、K8月5日(その2)、K8月5日(その3)がある。
実はこのKシリーズ、数値が「?」だらけなのだ。
便宜上、K案をK0、K8月5日(その1)をK1、K8月5日(その2)をK2、K8月5日(その3)をK3として下記する。

K0 50059t 221×36×10.1 24kt 6600浬
K1 51900t 235×37×10.1 26kt 6600浬
K2 53600t 246×37×10.3 28kt 6600浬
K3 53600t 237×37×10.3 26kt 7200浬
(水線長×全幅×喫水である)

火砲の配置と数及び防御は同一で出力はK1が9万5千馬力、後は8万馬力だ。
9万5千馬力のK1に対して8万馬力のK2の方が2ノットも速いのは何故か?
K2とK3は全幅と喫水が同じで水線長だけK3の方が11m長い。
なのに排水量が同値なのは何故か?
K2とK3は同じ出力だが航続力はK3の方が600浬も長い。
つまり燃料搭載量がずっと多いと考えられる。
それなのに排水量が同値で水線長はK3の方が短いのは何故か?
Kシリーズは色々と判らない事が多い。
さて次はGシリーズだがなんとG、G0A、G1A、G2A、G2B、G8月10日、G8月12日(その1)、G8月12日(その2)の8案もあるのだ。
そもそもGの次に表記されてる数次は何?
そのまた次に表記されているアルファベットの意味は何?
それではGシリーズのデータをゾロッと下記する。

排水量 速力 出力(万馬力) 航続 防御
65883 28 14.0 9600浬 2万〜3万m
G0A 65450 28 14.5 7200浬 2万〜3万m
G1A 61600 26 11.5 6600浬 2万〜2万7千m
G2A 63450 28 14.3 7200浬 2万〜2万7千m
G2B 63550 26
G8/10 59500 26 11.0 6600浬 2万〜2万7千m
G8/12 60000 26 11.0 7200浬 2万〜2万7千m
G8/12 60950 27 13.0 7200浬 2万〜2万7千m

G案は18ノット8000浬なので16ノット巡航に換算し9600浬とした。
G案は3連装3基で全て前向き、G0A、G1A、G2Aは3連装3基で2基が前向き、1基が後ろ向き、G2Bは一切が不明、その他の3案は混載の8門で全て前向きである。
さあ、ここで問題だ。
数値とアルファベットの意味は何でしょう?
対象となるのはG、G0A、G1A、G2Aの4案だ。
防御はGとG0Aが同一で他は違う。
出力は皆違う。
速力はG1Aだけが26ノットで他は皆、28ノット。
G以外の他3案に共通するのは「第3砲塔が後ろ向き」って事だ。
だからアルファベットは砲塔配置だと僕は推測する。
なら数値は?
4案全てで異なっているのは・・・
これは出力ではなかろうか?
ま、推測に過ぎんけどね。


その16:
それではKとGの相違点を並べてみよう。
Kシリーズは最大で53600t、Gシリーズは最小で59500t。
えっ?
あんまり違わないなあ・・・
もっと明確な相違(G2Bは排水量以外データ不明なので対象外)はないかな?
うん、あったぞ。
1.Kシリーズは全部副砲が3基、Gシリーズは4基。
2.Kシリーズの出力は最大9万5千馬力、Gシリーズは最小11万馬力
3.Kシリーズの防御は全て対40センチ2万〜2万7千mだがGシリーズは対46センチ2万〜3万mと2万〜2万7千mの2種が存在する。
つまりKシリーズはGシリーズより副砲が1基少なく軽防御かつ低出力なのだ。
排水量でKシリーズの最大とGシリーズの最小は5900tしか変わらないし全長だとKシリーズの最長はGシリーズの最短より大きいのである。

Kは艦政本部の主導による設計案で「経済性重視」、Gは軍令部の主導による設計案で「戦闘能力の充実」に主眼が置かれたとされるが具体的にはどこら辺にそれが表れているのだろうか?
前述した様に長さでないのは確かだ。
それなら幅は?
Kシリーズは36〜37m、Gシリーズは37.7〜38.9m。
たかが70cmと言う無かれ。
戦艦武蔵の建造に際しては船台の幅が狭かった為に工事が難航し大和より多額の費用がかかる要因となった。
なお、Gシリーズで37.7mなのは1つだけであり他は全て38.9mなので実質的には70cmの差ではなく2.9〜1.9mの差である。
更に喫水はと言うとKシリーズが10.1〜10.3mなのに対しGシリーズは全て10.4mだ。
既存のドックを使用するならば場合によっては底面を掘り下げねばならない。
そして拡張工事はできるだけ小規模(Kシリーズであっても少し拡げないと横須賀海軍工廠5号ドックには入渠できない)で済ませたい。
横須賀海軍工廠5号ドックに「長さは充分だが幅が足りない」と言う特徴(発言[3401]参照)があった為、こうした観点から「長さは多少長くても構わないが幅は出来るだけつめる事」とされたのではないだろうか?
まあ、憶測に過ぎないけどね。


その17:
さて、大和型の主砲塔は重量がどの位あるのだろうか?
世界の艦船449号P103には旋回部重量2265tと記述されている。
世界の艦船391号P139では旋回部重量2510tである。
平間洋一著「戦艦大和」P35では総重量2770t、旋回部2510tだ。
「戦艦大和100の謎」P18だと総重量2774tとなっている。
随分、色々とあるようだ。
さて、そこで「究極の戦艦大和」P71を見ると・・・
砲塔旋回部重量が2510t(装甲790tを含む)と弾丸1発1.46t、装薬0.33tとある。
更に弾薬は定数300発で180発を旋回盤下方の給弾室に格納とある。
1.46×180=262.8tとなる。
旋回部重量と合わせると2510+262=2772.8t。
つまり前述の2770tや2774tがこの状態だ。
大抵の資料で弾薬の定数を1門当たり100発としている。
ただし「戦艦大和設計と建造」では本文中で定数100発としながらP12の表ではA案150発、F3〜最終案120発としている。
100発と120発のどちらが正しいのだろう?
F3案の青焼図面を見る。
これだと120発だ。
う〜ん?
今度は石橋孝夫著「図解日本帝国海軍全艦船1868-1945 戦艦・巡洋戦艦」P388を開いてみる。
あれ?
A案の定数130発って書いてあるぞ?
そして砲塔1基の弾薬は753tとなっている。
1門当たり251tだ。
これが全て砲弾なら251÷1.46=172発?
あれ、なんかおかしいぞ?
装薬込みだとすれば251÷(1.46+0.33)=140発?
これまたおかしい・・・
いったいA案の定数は140発、150発、172発のどれなんだろうか?
A案の砲塔重量もおかしい。
1基あたり装甲を除いて2654t、装甲が1162tで合計3816tとなっている。
最終案が装甲を含めて2510t(弾薬なし)なのに?
1.5倍以上ってのは誤差の範囲を逸脱しているよ・・・
ひょっとして2654tってのは「装甲を除いた重量」ではなくて「装甲を含めた重量」なのではなかろうか?(推論1)
それにしても装甲重量だって最終案の790tに対し1162tは重すぎる。
だって最終案は砲塔前面650ミリなのだがA案は584ミリなのである。
同じ46センチ3連装砲塔でありながら前面装甲厚が89%と薄いのに装甲重量が逆に147%と重いのは如何なものか?
この数値が正しいとするならば側面、後面、天蓋がやたらと分厚い事になる。
最終案の甲板装甲は200ミリ、A案の甲板装甲は228ミリであまり差はない。
最終案の天蓋装甲厚は270ミリだ。
甲板装甲や天蓋装甲は大落角弾への対処が目的だから最終案とA案でそんなに大きな差は無いと考えられる。
だとすれば「とんでもなく分厚い側面、後面装甲」でなければならない。
前面を薄くしてそんなに側面、後面を厚くするなんて考えられるだろうか?
とてもありえそうにない。
よってこの数値は「?」だと思う。
A2案は連装砲塔なのだが、その装甲重量が1237tなのもおかしい。
だって連装だよ?
3連装よりどう考えたって小さくなってるのに装甲重量が逆に増えているのだ。
装甲を除いた重量は3連装が2654t、連装が1869tで約1.5倍である。
まあ、装甲を除いた砲塔重量は砲身や砲架、俯仰装置、旋回装置などが主になるので門数に比例するのに対し装甲重量は必ずしも「3連装は連装の1.5倍」とならないけど。
とは言え同じ火砲を装備し同じ装甲厚でありながら連装の装甲重量が3連装より重いとは理解し難い。
ここで推論1を検証してみよう。
最終案は弾薬無しの旋回部重量が2510tで装甲790tだから装甲の無い砲塔本体の重量は1720tとなる。
これに対しA案が装甲を含めて2654tとなると砲塔本体重量は2654−1162=1492tだ。
ちょっと軽すぎるな。
更にA2案となると1869−1237=632t!
冗談でしょ?
う〜ん?
こりゃ、推論1は×だな。
でも「旋回部重量が1.5倍以上」ってのはとても納得いかないしね・・・
そもそも最終案の装甲790tに対して装甲厚が薄いくせに装甲重量がべらぼうに重いのがおかしいのだ。
ちなみに46センチ3連装ではあるが防御が薄いD案の砲塔装甲重量は956t(1224tのA1案の78%)、砲塔前面装甲厚は457ミリ(584ミリのA1案の78%)と記載されている。
多分、天蓋や側面、後面もA1案の78%の厚さなのだろう。
舷側装甲は381ミリ、上面は203ミリで双方ともA1案の88%だからD案では船体より砲塔防御の方が弱体化していると言えよう。


その18:
もう少し砲塔について解説しよう。
今日は最終案の主砲塔を長門やアイオワなど他戦艦と比較してみる。
まず実際に製造された世界最大の主砲塔だけどこれは約2700tの大和型だ。
2位はどれか?
アイオワ型?
う〜ん、ハズレ。
残念ながらアイオワ型は約1700tで4位なのである。
2位は意表を突いて仏のグラマー美人、リシュリュー型の2476tだ。
なにしろ4連装だからね、口径は38センチでも砲塔はデカブツだよ。
続く3位は同じ4連装のキングジョージ5世型。
世界の艦船634号によると約1900tらしい。
ただし世界の艦船330号では1582tと記載されているのでこっちが正しいとするなら順位が変わる。
4位はアイオワ型だが5位以降となるとちょっと難しくなる。
なにせ資料によって数値がバラバラなのだ。
その理由は大和の主砲塔で前述した様に「弾薬を含むのか?」と「装甲を含むのか?」によって重量が異なり旧式戦艦の場合は「仰角増大など内部構造の改造」と「装甲の増加」によって時期的な重量変化があるからである。
一例を挙げると世界の艦船212号では長門型を竣工時900t(装甲326t)、改装後1024tとしているが449号では867tとなっている。
コロラド型にしても1245t(うち490tは装甲:世界の艦船212号)、935t(449号)、880t(某サイト)など色々だ。
だから以下の話は参考程度に過ぎないと考えて頂きたい。
え〜前置きが長くなったが5位は・・・
1570t(世界の艦船449号)のネルソン型か1595t(某サイト)のリットリオ型か重量不明のサウスダコタ型のいずれかであろう。
サウスダコタ型の重量が判らないのは手元に見あたらないからだ。
御存知の方がいらっしゃったら御教示頂きたい。
ノースカロライナ型の重量は1425t(世界の艦船545号)もしくは1437t(世界の艦船212号)で前面装甲406ミリ、天蓋178ミリ、アイオワ型は約1700tで前面装甲500ミリ、天蓋184ミリである。
なおアイオワ型は50口径なので砲身重量だけで60tは重くなっている。
サウスダコタ型は前面装甲457ミリ、天蓋184ミリなのでノースカロライナ型とアイオワ型の中間に位置する。
まあ、この三者で5〜7位になるであろう。
8位はノースカロライナ型かな?


その19:
さてさて9位以降となると色々な資料に色々な数値が出ているのでもう順位を検討するのが虚しくなってくる。
よって以降は順位を無視して話を進めよう。
まず日本から始めるとするか。
金剛型が竣工時に装備した36センチ連装砲塔は丸軍艦メカによると607tで装甲厚は前部254ミリ(250ミリ説あり)、天蓋76ミリ(75ミリ説あり)だったらしい。
これが改装後に前部が280ミリ、天蓋は152ミリ(150ミリ説あり)に増強され重量が684tに増えたそうだ。
世界の艦船212号では次に建造された扶桑型が614tで装甲重量203tとなっている。
扶桑の竣工時の装甲厚は前面280ミリ、天蓋114ミリ(127ミリ説やら152ミリ説やらもある)である。
614−203=411tだ。
でもどうなんだろうか?
金剛型に比べて装甲がかなり厚くなってるのに7tしか増えてないってのは?
まあ、同じ36センチ連装砲と言っても仰角が違うし装填形式も違うので重量は等しくないんだけどね。
なんと同一艦型ですら仰角が違ったりするのだ。
でも7t差はちょっと信じがたい。
おぉ、ウィキでは扶桑型を655tとしてるぞ。
これだと655−203=452t、金剛型との差は48tだ。
仰角や装填形式の違いにちょっと目をつぶるとして「装甲を含まない日本軍の36センチ連装砲の重量」を約452tと仮定しよう。
だとすれば金剛竣工時の装甲は607−452=155t、改装後は232tとなる。
金剛竣工時と扶桑竣工時の差は48t、装甲の違いは扶桑型の方が前部26ミリ、天蓋が38ミリ厚い。
扶桑竣工時と金剛改装時の差は29tで装甲の違いは金剛改装時の方が天蓋38ミリ厚くなっただけである。
つまり金剛型は竣工時に比べ前面が26ミリ、天蓋は76ミリ強化された訳だ。
36センチ連装砲塔は日本海軍主力艦8隻に40基も装備された艦載砲だが天蓋の装甲厚を38ミリ増やすだけなら29t位で済むと言う事になる。
扶桑竣工時は前面が24ミリと天蓋が38ミリ厚くなって48t増えたがここから天蓋38ミリ分の29tを引くとどうなるんだろう?
19tか。
前面を26ミリ増やすには19t位でいいのかな?
これが長門型の40センチ連装砲となると砲塔のサイズ自体が最初から大きいので話が大部違ってくる。
前述の如く竣工時は900t(装甲326t)で装甲は前面305ミリ、天蓋152ミリだった。
これが改装後、1024tに増え前面500ミリ、天蓋254ミリとなる。
前面で195ミリ、天蓋で100ミリの増加だよ・・・
さすが日本海軍が期待する大戦艦だ。
装甲を含まない重量は900−326=574tだから改装後の推定装甲重量は約450tにもなる。
いかになんでもちょっと重すぎじゃなイカ?
なんと砲塔重量の44%だよ!
つまり124tの増加だ。
あれ?
よく考えたら天蓋を38ミリ厚くするのに29t必要と考えた場合、102ミリ厚くするには2.7倍の78tが必要だし前面を195ミリ厚くするには7.6倍の144tが必要だから合わせて222tの増加となるはずだ。
でも増えたのが124tとなると・・・
どうも計算が間違ってるって事になる。
どこを間違えたんだろう?
装填機構や俯仰機構の差を無視したって事かな?
側面や後面の装甲を無視したって事かな?
それとも最初っから選択した数値が違ったって事かな?


その20:
さて次は米国。
トップバッターを飾るのは36センチ45口径連装砲塔のニューヨーク型。
世界の艦船212号によると864tで装甲重量は355tらしい。
つまり「装甲なしの重量」は509tとなる。
日本の36センチ45口径連装砲塔(411もしくは452t)に比べてちょっと重いね。
装甲重量も扶桑型の203tに対して1.7倍だ。
なお、米国製砲塔の特徴は動力が電気である事と俯仰が独立でない事だ。
つまりこれは交互射撃が出来ない事、もしくは「全門で同時に撃つのが可能である事」を意味している。
砲身の間隔を短く出来るので砲塔全体をコンパクトに出来るのも利点だ。
装甲は前面365ミリ、天蓋102ミリであった。
次のネバダ型ではこの連装砲塔と3連装化したのが2基ずつ装備された。
装甲は3連装砲塔の前面が457ミリ、連装砲塔は406ミリ、天蓋は双方とも127ミリに強化されたので重量はかなり重くなっただろう。
次のアリゾナ型では砲塔を4基全て3連装とした。
ちなみに某サイトではこの砲塔重量を748tとしている。
どうもこの数値は前述のニューヨーク型と見比べると「装甲なしの重量」なのではなかろうか。
次のニューメキシコ型では装甲は同一だが独立俯仰となり砲身も50口径と長くなったので重量(世界の艦船212号)は1127t(装甲411t)となった。
装甲なしだと716tだね。
う〜ん、重量が増えるならともかく減っちゃうのはちょっと納得し難い・・・
ちなみに某サイトでは911tとしている。
次のテネシー型はニューメキシコ型と一緒なので省くとしてコロラド型では40センチ45口径連装砲塔4基となった。
重量は世界の艦船449号で935t、某サイトで880t、212号では1245t(装甲490t:差は755t)である。
某サイトの数値だと748tの36センチ50口径3連装砲塔が880tの40センチ45口径連装砲塔に変わったので17.6%の重量増大となり世界の艦船212号だと716tが755tになったので5.4%の増大、装甲込みなら10.4%の増大となる。
いずれにせよ長門型の574tと比べるとぐっと重い。
装甲重量も長門型の竣工時326tに対して490tとヘビーだ。
なお長門型の前面は305ミリで天蓋は150ミリ、コロラド型は前面457ミリ、天蓋127ミリであった。


その21:
米国は条約下で保有した主力艦15隻に5種類もの砲塔を装備した。
30センチ50口径連装砲塔、36センチ45口径連装砲塔、36センチ45口径3連装砲塔、36センチ50口径3連装砲塔、40センチ45口径連装砲塔である。
それに対して日本はどうであったか?
36センチ45口径連装砲塔と40センチ45口径連装砲塔のふたつのみである。
なぜ米国に対し日本がこんなに砲塔の種類が少ないかと言うと「師匠の英国が少なかったから」となる。
よって英国が15隻の主力艦に装備したのも38センチ42口径連装砲と40センチ45口径3連装砲塔の2種類だけに過ぎない。
だから、あんまり書く事が無い。
このMK1と呼称される38センチ42口径連装砲を最初に装備したのはクィーンエリザベス型で世界の艦船518号には前面装甲331ミリ、天蓋115ミリ、750tと記述されている。
MK1の最大仰角は20度でクィーンエリザベス型5隻とロイヤルオークを除くR型4隻及びカレイジアス型2隻に装備された。
次にMK1の揚弾装置を改良したMK1*が登場した。
518号ではMK1の改正形式を4つとしている。
MK1*を装備したのはロイヤルオークとレナウン型2隻である。
後にMK1及びMK1*を装備した艦の大部分は仰角を30度に増大させる改装を受けMK1/Nとなった。
518号ではMK1/Nを前面装甲324ミリ、天蓋124ミリ、828tと記述しておりカレイジアス型の砲塔に同様の改装を施しバンガードに装備した砲塔をMK1/NRP2としている。
またフッドに装備された砲塔は当初から仰角30度で前面装甲373ミリ、天蓋127ミリ、880tのMK2であった。
装甲がだいぶ厚くなった分、50tほど重くなったって訳だ。
と、ここまでが世界の艦船518号の記事。
注意しなければならないのはこの記事で書かれている焦点が砲架の相違を中心にしている事で装甲の相違についてはあまり考慮されてない。
ちょっと他の資料で38センチ42口径連装砲塔を装備した英戦艦の前面装甲厚を並べてみよう。
ひとつ断っておくけど英国はインチヤードの国だ。
よって基本がインチ単位なんだけど資料によって1インチを幾つとして算定するか、更には端数をどうするかで数値が微妙に変わってくる。
でも1ミリ違うからっていちいち構ってたらキリがないのでちょっと位の差は同一として書くから御容赦願いたい。
まず問題が少ない所でR型だがウィキの日本文で270ミリとしているのを除き残り全てが330ミリとしている。
どうもウィキ日本文の誤植くさいね。
次はレナウン型、これは全てで280ミリとしている。
フッドも全資料で381ミリ。
ここまでは申し分ない。
困っちゃうのはカレイジアス型でウィキには330ミリと229ミリの2説がありコンウェイと世界の艦船439号は330ミリ説、世界の船70年は229ミリ説を採っている。
クィーンエリザベス型はウィキ、コンウェイ、世界の艦船429号、634号、753号などが330ミリ、ジェーンWW1や世界の船70年が280ミリとしているが大御所ウェイヤーが1914年版と1928年版では330ミリ、1940年版では280ミリとしているのが悩ましい所・・・
とまあ、こういう訳でMK1系列でも229ミリ、280ミリ、330ミリと色々あるみたいなのだ。
ちなみに世界の艦船634でフッドのMK2を1080t、某サイトではMK1を782tとしている。
MK2の1080tってのは世界の艦船212号で長門の40センチ45口径連装砲塔竣工時が900t、世界の艦船449号でコロラド型が935tってのを考えると重すぎる気がするね。
でも世界の艦船212号でコロラド型1245tってのを見ると妥当な気もする。
なんとも難しい感じだ。


その22:
さて次はフランスだ。
それではフランス戦艦の特色を考えてみよう。
まずフランス戦艦と言えば4連装砲塔のメッカとして名高い。
なぜ4連装なのか?
それは勿論、数を揃えるに合理的だからだ。
そもそもフランス海軍は大艦巨砲主義にあまり傾倒しなかった。
大艦巨砲主義の本質は相手より強大な火砲を装備して強靱な装甲を施し「自己は安全圏で相手は被安全圏の状況でアウトレンジする事」を目的としている。
つまり数の優位の否定に他ならない。
大艦巨砲の信徒であるならば「数揃えたって良いってもんじゃないよ。」とのたまわなくてはならないのだ。
大艦巨砲主義を否定するのなら1隻に装備する主砲の数を増やす事でも小さな戦艦を多数建造する事でも総合火力は増やせるのである。
さて、1912年5月21日、フランスは34センチ45口径砲を装備するブルターニュ型戦艦2番艦プロパンスを起工した。
竣工が1番艦ブルターニュより遅れてしまったので2番艦となってしまったが実質的には1番艦である。
この年に各国で起工された主力艦は英が34.3センチ45口径砲を装備するアイアンデューク型戦艦やタイガー型巡戦、米が36センチ45口径砲を装備するネバダ型戦艦、ドイツが30センチ50口径砲を装備するケーニッヒ型戦艦やデアフリンガー型巡戦、日本が36センチ45口径砲を装備する扶桑型戦艦や金剛型巡戦、イタリアが30センチ46口径砲を装備するA・ドーリア型戦艦、オーストリーが30センチ45口径砲のテゲトフ型戦艦でフランス海軍の34センチ45口径砲は標準的な「巨砲」であった。
その後、同年後半に英が38センチ42口径砲のクィーンエリザベス型戦艦を起工してから趨勢が大きく変わる。
各国は続々と更なる巨砲を装備した主力艦を建造し始めた。
それに対しフランス海軍がブルターニュ型に続き翌年起工したノルマンディー型は相変わらず34センチ45口径砲のままであった。
同年中に英は38センチ42口径砲装備のR型戦艦、ドイツは38センチ45口径砲装備のバイエルン型戦艦、米は36センチ45口径砲装備のペンシルバニア型戦艦、ロシアは36センチ52口径砲のボロジノ型巡戦を起工している。
日本も36センチ45口径砲を装備する扶桑型戦艦の2番艦を起工しているのでほぼ全世界の新造主力艦がブルターニュ型を上回る巨砲に移行したと見てさしつかえない。
ところが!
なんとフランスはノルマンディー型に続いて1915年計画で新造を予定したリヨン型戦艦も34センチ45口径砲装備としたのである。
1915年になると巨砲後進国のイタリア海軍ですら38センチ40口径砲装備のF・カラッチオロ型戦艦を起工している。
更に英に至っては実験的に46センチ40口径砲装備のフューリアス型巡戦を起工したのだ。
こうまでしてフランスがこだわった34センチ45口径砲だが世界の艦船259号では連装砲塔の重量が1030tで1門あたり515t、ノルマンディー型の4連装砲塔は1500tで1門あたり375tと記述されている。
なるほど、連装砲塔に比べ4連装砲塔は随分と合理的のようだ。
門数は2倍なのに重量は1.5倍で済むからね。
あれ?世界の艦船473号では連装砲塔の重量を1130tと書いてあるぞ?
それにしてもちょっと重すぎやしないか?
だって一回り大きい金剛型の36センチ連装砲塔だって607tだ。
おおっ、世界の艦船346号にはブルターニュ型の砲塔重量を弾薬を含み1門当たり515tと書いてある。
ふうん、弾薬込みの重量だったのか。
じゃあ、弾薬はどれくらいなんだろう?
ウィキだと34センチ45口径砲の弾頭重量575kg、搭載定数100発だ。
装薬重量は記載されてないけど大和型が弾頭重量1460kgに対して装薬330kgだからこの比率に準拠して計算すると1砲塔あたりの弾薬重量は約140tとなる。
1030−140=890t。
う〜ん、これでも40センチ45口径砲連装の長門竣工時と同格じゃないか!
英の38センチ42口径連装砲塔に比べたってベラボーに重いぞ?
ひょっとして装甲がムチャクチャに厚いのかな?
なんと!
ブルターニュ型の前面装甲厚は第1及び第5砲塔が340ミリ、第2砲塔が270ミリ、第3砲塔が400ミリ、第5砲塔が250ミリだ。
いったいどの砲塔の重量が記述されているのやら・・・
いずれにせよ何故か判らないがフランス製の34センチ45口径連装砲塔は大層、重いようだ。
ちなみに世界の艦船473号によるとダンケルク型の33センチ52口径4連装砲塔の重量は1497tらしい。
装甲は前面330ミリのようだが・・・
ありゃ、2番艦ストラスブールでは360ミリにされてるよ。
同一艦型なのに1番艦と2番艦で装甲厚が違ったり同じフネなのに第1砲塔と第2砲塔で装甲厚が違ったりヤッカイな国だよ、フランスは。


その23:
これまで砲塔の重量について色々と書いてきた。
確かに重量は砲塔の規模を知るひとつの目安だ。
だけど重いからって必ずしも比例して大きい訳じゃない。
重さは同じでも中身はスカスカって場合もあるのだ。
軽くたってサイズが大きければ船体がそれだけ大きくなる。
特に全幅が大きく変わるし船殻全体の中でも砲塔を装備しうるだけ幅の大きい部分は限られるからレイアウトにも影響を与える。
よって重さではなく大きさで砲塔を比較するのも重要なのである。
しかしビールの消費量じゃあるまいし「東京ドーム何個分」とか怪しい単位で砲塔の大きさを比べる事はできない。
そこで一般的にはバーベットやローラーパスの直径で砲塔の大きさが比較される。
でもあんまり書いてある資料が無いんだよ、トホホ・・・
ちなみにローラーパスとは砲塔旋回部の床の事(戦車のバスケット式ターンテーブルみたいな物だ)でバーベットとは砲塔旋回部の壁の事だ。
砲塔はグルグルと回るのだからどちらも円形である。
まずバーベット直径から始めよう。
世界の艦船559号によるとアーカンサス型(30センチ50口径連装砲塔)のバーベット直径は8.62m、アラスカ型(30センチ50口径3連装砲塔)は9.14mだ。
世界の艦船385号には40センチ3連装砲塔を装備した米新戦艦のバーベット直径は11.35m、コロラド型(40センチ45口径連装砲塔)は9.45mと書いてある。
世界の艦船753号でもコロラド型のバーベット直径を9.45mと書いておりビスマルク型(38センチ47口径連装砲塔)を10mとしている。
また歴史群像「アメリカの戦艦」によるとテネシー型(36センチ50口径3連装砲塔)とコロラド型のバーベット直径はほぼ同一らしい。
さて、次にローラーパス直径に移ろう。
まず大和型だが平間洋一著「戦艦大和」では12.274mとなっている。
世界の艦船545号に記載されているワシントン型(40センチ45口径3連装砲塔)のローラーパス直径10.49m、アイオワ型(40センチ50口径3連装砲塔)は10.51m。
金剛型のローラーパス直径は7.7m、長門型は9.0mの様だ。
世界の艦船449号だとライオン型(40センチ45口径3連装砲塔)のローラーパス直径は10.4mである。
世界の艦船212号に記載されている甲砲(51センチ45口径連装砲塔)のローラーパス直径は12.0mだ。
う〜ん、大和型より小さいのか・・・
側面図で比較するとバーベットは大和型より大きそうなんだが?
世界の艦船753号によるとコロラド型のローラーパスは8.41mでビスマルク型は8.75mらしい。
更に歴史群像「アメリカの戦艦」にはコロラド型よりテネシー型の方がローラーパスが10センチ大きいと書かれている。
つまり世界の艦船753号が正しいのならテネシー型のローラーパス直径は8.51mとなる訳だ。
ついでだから巡洋艦のローラーパス直径も書いておくとしよう。
世界の艦船281号によると利根型(20センチ50口径連装砲塔)のローラーパス直径は5.03m、最上型(15.5センチ60口径3連装砲塔)は5.7mである。
世界の艦船282号ではバルチモア型(20センチ55口径3連装砲塔)を6.02mとしている。
世界の艦船518号に於けるブルックリン型(15センチ47口径3連装砲塔)のローラーパス直径は4.65m、アストリア型(20センチ55口径3連装砲塔)は5.77mである。
ここでバーベット直径とローラーパス直径の両方が判明しているケースについてでデータを比較して見よう。
ワシントン型の場合、バーベット直径に対するローラーパス直径の比率は92%だがビスマルク型では87.5%だ。
つまりローラーパス直径が大きいとしてもバーベット直径が比例して大きくはならないと判る。
とは言っても大抵の場合、さほど極端な差にはならない。


その24:
今回は主力艦のスタイルについて話をしよう。
スタイルと言っても横から見た艦影ではない。
ひとつ上から眺めてみよう。
主力艦を上から眺めると全長が長くて全幅が短い艦型はスマート、逆ならズングリしている。
これが上から眺めた艦船の特徴で一般に水線長(大抵は全長よりちょっと短い)を全幅で割った数値をLB比と言う。
すなわちLB比が高ければスマート、低ければズングリでLB比か高い程、同じ排水量、機関出力であれば速力が高くなる。
だから巡洋戦艦や高速戦艦は大抵、LB比が高い。
更に砲塔数が少ない場合でも出力が大きいと機関室のスペースがそれなりに大きくなるから水線長が増えLB比も高くなる。

さて、前回書いたローラーパスだがローラーパスが大きければ全幅も大きくなる。
当たり前の話だ。
そして主砲の口径が大きくなればローラーパスは大きくなり多連装化が進めば更にローラーパスが大きくなる。
ローラパスの増大化は全幅の増大を意味する。
逆に中心線上の砲塔数が増えると全長がどんどん長くなる。
これまた当たり前の話だ。

でも・・・
本当にそうなんだろうか?
ちょっと検証してみよう。

英国のR型、クイーンエリザベス型、フッド型、レナウン型、カレイジアス型はどれも38センチ42口径連装砲塔装備の主力艦だが装備数は各々4基、4基、4基、3基、2基である。
LB比と速力はR型が6.9で22ノット、クイーンエリザベス型が7.1で25ノット、フッド型が9.0で32ノット、レナウン型が8.3で30ノット、カレイジアス型が9.6で32ノットだ。
水線長は最短のR型で187m、最長のフッド型で259m、全幅は最小のカレイジアス型で24.7m、最大のフッド型で28.9mとなっている。
御覧の通り速力の速い艦型は砲塔数が少なくてもLB比は大きい。
また同じ砲塔を装備していても全幅に大きな差が有る事もお判り頂けよう。

次に同じ砲で連装砲塔と3連装砲塔の差について調べて見よう。
米国のニューヨーク型は36セチ45口径連装砲塔5基10門、ネバダ型は同じ砲を連装砲塔2基と3連装砲塔2基の合計4基で10門装備していた。
速力は双方とも20.5〜21ノットで大差はない。
だとすれば「砲塔数が1基少ないが3連装なのでローラーパスの大きいネバダ型」はLB比が小さく「砲塔数が1基多いが全て連装なのでローラーパスは小さいニューヨーク型」はLB比が大きい事になる。
ところがネバダ型は水線長175.26m、全幅29mでLB比6.0、ニューヨーク型は水線長172.21m、全幅29.1mでLB比5.9なのである。
どうなってんの?
5砲塔艦の方が水線長が短く3連装砲塔艦の方が全幅が小さいとは?

更にもっと別の例を探してみよう。
そうだ、フランスがいい。
フランスは最初のド級戦艦として30センチ45口径連装砲塔6基を装備するクールベ型を建造したが2基は舷側配置だったので片舷火力は5基10門だった。
弾頭重量は432kgなので斉射火力は4320kgである。
そして次に建造したブルターニュ型からは弾頭重量575kgの34センチ45口径砲に強化され連装砲塔5基が中心線上に装備された。
斉射火力は5750kgでクールベ型に比べ33%の増大化となる。
これだけ火力が増大したのに常備排水量はクールベ型の23475tに比べブルターニュ型は23230tで殆ど変わらない。
そして続くノルマンディー型は24832tでこれまたサイズが殆ど同じだった。
ただし砲数は連装5基10門から4連装3基12門に増えている。
片舷斉射火力は6900kgになるからクールベ型に比べるとほぼ同大の船体で火力は60%増となる。
いやはや、大したもんだ。
さて、面白いのは連装5基のブルターニュ型が水線長164.9mで全幅27mでLB比6.1なのに4連装3基のノルマンディー型が水線長170.6m、全幅27mでLB比6.3だって事である。
4連装砲塔になったのに逆にスマートになっているのだ。
ちなみにこの3艦型は出力が25000〜32000馬力、速力は20〜21ノットでほぼ同等であった。
う〜ん、必ずしも「多連装=LB比少」や「多砲塔=LB比大」ではなさそうだ。

その25:
それでは大和型(F6)のLB比はと言うと6.9だ。
これを歴代の日本主力艦と比べると金剛型7.5、扶桑型7.0、伊勢型7.1、長門型7.3、加賀型7.6、天城型7.7、紀伊型7.8、13号艦型8.0で「一番のズングリ」となる。
まあ、古いフネと比べたって仕方ないね。
同時期に建造された他国の戦艦と比べるとしよう。

え〜と、まず大和型よりズングリしてるのは・・・
ネルソン型が6.6キング・ジョージ5世型6.6、ビスマルク型6.7、ノースカロライナ型6.6・・・
おひょっ!
サウスダコタ型なんて6.1しかないぞ!
もはやズングリを通り越してデブチンだなあ。
今度はスマートな方を探してみよう。
ライオン型7.3、ソビエッキー・ソユーズ型7.0、H型7.5、リシュリュー型7.3、リットリオ型7.2、モンタナ型7.4か。
そして際だって高いのがアイオワ型の7.9だね。
主力艦に類別して良いんだか悪いんだか判らない連中を加えるとアラスカ型の8.7、超甲巡の8.7、クロンシュタット型の8.5もあるんだが。

それはさておき、最もズングリなのと最もスマートなのが米国に集中しているのは33mのパナマ制限があるからなんだけど「米国が理想とする戦艦」がモンタナ型である事は間違いない。
キングジョージ5世型も第2次ロンドン条約の制限で建造された「不自然な設計の艦」だから妙にズングリしておりビスマルク型も英独海軍協定の制限スレスレ(実際は大幅に超過)だからズングリグループに入っている。
まあ、条約明けと言っても当初は色々な制限があって自由に戦艦を設計できなかったからなあ。

だから、こうして見ると「無条約期の新造戦艦」と言っても大和型よりスマートなのは大部分が未成艦や計画艦ばかり。
条約締結後の新造戦艦の中で実際に竣工した艦型の大多数は大和型と同程度のズングリであった。
そして「各国が本腰を入れて設計した新造戦艦」はどれも大和型よりスマートになった。
すなわち大和型とはズングリタイプの代表選手なのだ。
なぜ大和型はかくもズングリなのか?
46センチ3連装砲塔と言うデカブツを装備した為か?

ここでひとつ40センチ砲装備の大和型J設計案と米戦艦を比べて見よう。
公試排水量や火力で比較するとアイオワ型(53190t、33ノット、40センチ砲9門)に相当するのがJ2(54030t、29ノット、40センチ砲9門)、モンタナ型(65366t、28ノット、40センチ砲12門)に相当するのがJ9(61000t、30ノット、40センチ砲12門)である。
アイオワ型の全幅が33mなのはパナマ制限による物だがモンタナ型にしても36.8mに過ぎない。
それに比べ同じ40センチ3連装砲塔装備の戦艦でありながらJ2は38.5m、J9は38.9mでかなり太い。
つまり大和型は「46センチ砲だからズングリ」なのではなく「最初から設計コンセプトがズングリ」なのである。
かくも大和型がズングリ化した理由のひとつに「7機にも上る搭載機及び多数の艦載艇の全てを艦内に格納した事」が挙げられる。
主砲発射時の爆風対策などの見地からすればこの構造は確かに画期的だったのだ。
ただし「船体が傾斜したら艦載艇の揚収はどうするの?」とか本当に必要で有益だったかについては諸説有るが・・・
副砲の射界効率化を求め過ぎた事もズングリ化した要因と考えられる。


その26:
ここでひとつ各国新造戦艦の副砲を列記して見よう。
まず大和型最終案(F6)は15.5センチ副砲12門、米新造戦艦は12.7センチ砲20門、英新造戦艦は13.3センチ砲16門、仏のリシュリュー型は15.2センチ砲9門、伊のリットリオ型は15.2センチ砲12門、独のビスマルク型は15センチ砲12門、ソ連のソビエッキー・ソユーズ型は15.2センチ砲12門である。
これらのうち小口径の両用砲だった英米戦艦を除くと殆どの場合、副砲は12門(後方にしか装備しなかった仏戦艦だけ9門)だった事が判る。
だが射界は大和型が片舷、前方、後方の全てが9門で射界合計27門なのに対しリシュリュー型は片舷6門、後方9門、前方0の射界合計15門、リットリオ型は片舷、前方、後方の全てが6門で射界合計18門、ビスマルク型は片舷6門、前方8門、後方4門の射界合計18門、ソビエッキーソユーズ型は片舷6門、前方8門、後方8門の射界合計22門であった。
つまり副砲の射界合計が1番多いのは大和型でソビエッキーソユーズ型が次点に入る。
ここからして大和型では副砲配置の効率化を図った事が御判り頂けよう。
だが良い事づくめではない。
大和型の場合、中心線へ2基の副砲塔を配置した為に全長が必要以上に伸びてしまい、舷側へ1基ずつ配備した副砲塔の為に全幅が大きくなってしまった。
更に舷側副砲の首尾線射界を得る為、上甲板の大部分がクリアなデッドスペースとなったのである。

次に大和型の諸設計案がどうだったのかを考えて見よう。
まず原案のLB比は7.1だった。
ちょっとスマートなのはオールタービンの為だな。
これがタービンディーゼル併用のA、A1、A2案だと6.8になる。
そしてオールディーゼルのB、B1、B2、C、D案はどれも6.1だ。
3砲塔と4砲塔で同じLB比なのはちょっと腑に落ちない所もあるが第24回の文面を見て各自、葛藤して頂きたい。
G案は併用にもかかわらず最も高くて7.2、リーズナブルなK案は6.1。
平賀4砲塔のI案は6.9、40センチ砲装備のJ0案は6.7、J5案は6.4、J9案は6.9である。
最終形態となったFは6.3だったが併用からオールタービンに変わったのでF6では6.9に落ち着いた。
大体、こんな所である。

副砲装備数は原案、A系、B系、C、D、G系、F系が3連装砲塔4基の12門、J系、K系が3連装砲塔3基の9門、I案が4連装砲塔2基の8門だが片舷火力は原案、A系、B系、C、D、G系、F系が9門でJ系、K系が6門、I案が8門であった。
前方火力はF系が9門、Iが4門、他は6門、後方火力はI案が4門、A2とB2が6門、A1とB1及びJ系、K系、F系が9門、他は12門である。
つまり当初計画されたA系、B系、C、Dでは中心線上に副砲塔を配置しながらも前方及び後方へは必ずしも射界を得なかったがF系では副砲装備数が同数ながら射界効率は向上している。
だが主砲に隣接して中心線の副砲を配置したので防御上、危険極まりなく全長も長くなってしまい良い事づくめでは無かった。
ただし主砲塔直後に副砲があったので甲砲(51センチ砲)を装備する超大和型(A150)の建造に際しては副砲を撤去するだけで他の部分には手を加えずに設計出来たので「ケガの功名的な利点」となった。
とは言え、当初から甲砲装備を考慮してF系が設計された訳ではない。
甲砲の開発が始まったのは1940年末であり大和型の設計がF系に確定したのは1935年10月〜1936年7月だからである。
なお、真偽の程は定かでは無いが甲砲の完成後、既存の大和型もこれに換装予定だったとする説もあるらしい。

日本海軍の歴史は1855年の長崎海軍伝習所設立から始まり1945年の太平洋戦争終戦で幕を閉じた。
その90年に渡る歳月の間、常に主力艦を建造し続けていたのだろうか?
否。
維新から暫くの期間、日本は工業力と経済力に乏しい発展途上国であり主力艦を国産するなど「夢のまた夢」であった。
日本初の国産主力艦である筑波が起工したのはようやく1905年1月14日になってからである。
そして1922年にワシントン条約によって主力艦の建造が中断(空母への改装は除く)されるまでの18年間、日本海軍は主力艦を建造し続けた。
この期間に建造された日本海軍の主力艦は大部分が英国艦の模倣であり八八艦隊計画の長門型に至ってもクィーン・エリザベス型の拡大改良に過ぎなかった。
日本海軍が主力艦の建造を再開したのは無条約時代に入った1937年11月4日の大和起工からであり1942年8月5日の武蔵竣工までの5年間続いた。
つまり日本海軍が主力艦を建造していた期間は僅か23年間に過ぎない。
更に23年間と言いながらも模倣を除くと純粋な国産主力艦の建造は1920年2月16日の土佐起工からと考えられる。
もし土佐型が竣工していたなら「日本初の純粋な国産主力艦」と言えよう。
(扶桑/伊勢型をもって「日本初の純粋な国産主力艦」とする考え方もあるが長門型で英国流に戻っているのでカウントしない事にする)
だがワシントン条約の締結によって土佐型は竣工できなかった。
よって大和型こそが「日本初の純粋な国産主力艦」であり大和型の建造は「真に有用な戦艦とは何か?」の問いに対する日本海軍の回答なのである。

随分、長くかかったが大和型の話はとりあえずこれにて終了とする。
御愛読、有難う御座いました。


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