その1:
大和型の設計案を22種類と書いたら「23種類ではないのか?」と言う質問を頂いた。
よって今日はそこら辺の話を書くね。
それではちょいと文献を並べて見よう。

原勝洋著「戦艦大和建造秘録」452頁では22種類。
原勝洋著「巨大戦艦大和の全軌跡」82頁では23種類。
丸「究極の戦艦大和」96頁では23種類。
歴史読本「戦艦大和激闘の軌跡」47頁では24種類。
歴史読本「大和と武蔵」36頁では24種類。
松本喜太郎著「戦艦大和・武蔵設計と建造」12頁では24種類。
世界文化社「戦艦大和100の謎」92頁では24種類。
ヤヌス著「戦艦大和図面集」5頁では24種類。
丸778号付録「大戦艦大和メカ読本」42頁ではなんと34種類!

ね、凄いでしょ?
つまり諸説、色々にして千差万別なのだ。
だから福井静夫著「日本の軍艦」74頁では20種類余、「海軍造船技術概要・上巻」34頁では20種類以上、平間洋一著「戦艦大和」29頁では「20種類を超える案」(30頁では22案を検討としているが)とボカして記述されているのである。


その2:
なぜ大和型の建造に際しこれほど多数の設計案が検討されたかと言うと、その理由は「どの様な方向性を持った戦艦を建造するかが定まっていなかったから」である。
火力は大きい方が良いに決まってる。
装甲は厚い方が良いに決まってる。
速力は速い方が良いに決まってる。
航続距離は長い方が良いに決まっている。
建造費は安い方が良いに決まってるから、サイズは小さい方が良い。
火力が大きく装甲が厚く速力が速く航続距離が長くサイズの小さい戦艦が出来れば良いが、そんなの無理に決まってる。
あちらを立てればこちらが立たず、結局は何を優先するかで話が決まる。
つまり戦艦の方向性はサイズと攻防走のバランス配分、内容、レイアウトによって形成されるのである。
よって設計案の中には小さな大和型、大きな大和型、高速の大和型、低速の大和型、火力の大きな大和型、火力の小さな大和型など様々な大和型があった。
最大は公試排水量69500tのA140原案で、最小は公試排水量50059tのK案(アイオワ型の公試排水量は約54396t)である。
火力が最も大きいのは46センチ砲10門のI案で、小さいのは40センチ砲9門のJシリーズ案。
速力がもっとも高いのは31ノットの原案、低いのは24ノットのK案。
航続力が最も長いのは18ノット/9200浬のA〜B2案、短いのは16ノット/4900浬のF3案(出典にちょっと疑問があるが)。
防御力は対46センチ20000〜30000m(原案など)、対46センチ20000〜27000m(I案など)、対40センチ20000〜30000m(J3案など)、対40センチ18000〜27000m(J2案など)、対40センチ20000〜27000m(K案など)の5段階があった。
内容の差としては40センチ砲と46センチ砲の違いや、タービン機関とディーゼル機関の相違などがある。
1門当たりの火力では40センチ砲より46センチ砲の方が上回るが、門数が多くなれば総火力で40センチ砲が上回る事もありえるしディーゼルであれば燃費は格段に良くなる。
更にレイアウトでは主砲の前方集中配置、前方主で後方従、前後均等の3種類及び3連装砲塔と連装砲塔、混載の3種類が考えられる。


その3:
最初に設計された原案の特徴は機関がタービンのみである事と、全長が294mと異様に長い事にあった。
20万馬力を発揮し速力は全設計案中で最速の31ノットながら、タービンのみなので航続力は18ノット/8000浬と短い。
主砲配置は46センチ3連装砲塔3基を前方集中形式で後方には航空艤装と副砲配置が当てられている。
大和の設計案各種の中でこの原型と最終案のふたつだけが「タービンのみ」である事に注目して頂きたい。

A140原型

大和型戦艦とはタービン戦艦で始まり、なんとかディーゼル戦艦にしようともがきにもがいた揚げ句、最後はタービン戦艦で締めくくられた物語なのである。
資源小国の島国としちゃ燃料問題は避けて通れない関心事なのだ。
さて、燃費の悪い原案を前にして設計者達は「これをたたき台にして、なんとか傑作戦艦を建造しよう」と案を練りまくった。
この時点で46センチ砲装備はほぼ確定だったので、まず機関の種類で分けられた。
すなわちディーゼルとタービンの混成としたのがAシリーズ、ディーゼルのみとしたのがBシリーズである。
航続力はどれも18ノット/9200浬である。

そして次に主砲配置のレイアウトで更に細分化された。

3連装砲塔3基を前方集中形式で配置したA、B案。
3連装砲塔2基を前方、1基を後方に配置したA1、B1案。
連装砲塔を前後均等に2基ずつ配置したA2、B2案。

こう書くとなんだか、A1案とB1案、A2案とB2案は「機関が違うだけであとは同じ」みたいに感じるだろうけど、スペックではAシリーズは公試68000t(以降、排水量は全て公試)で全長277m、速力は30ノット、Bシリーズは60000tで全長247m、速力は28ノットとだいぶ違うのである。
あと付録みたいな物としてBをもう少しリーズナブルにしたC案とD案があった。
C案は低速重防御艦で58000tの26ノット(105000HP)、D案は高速軽防御艦で55000tの29ノット(140000HP)。
まあ、こんだけありゃあ「並んでる中からどれでも好きなの選びな!」って事で済みそうな物だが、そうは問屋が卸さなかった。


その4:
我が儘な連中が「A案とB案の中間位のがいいや。速力はちょっと我慢するし航続力も短くて良いから、もっと小さくしよう。」と言い出したのである。
かくして加わったのが46センチ3連装砲塔前方集中配置で混成機関28ノット、航続18ノット/8000浬のG案。
でも公試排水量は65883t(以下の排水量は全て公試)で、あまり小さくならなかった。
小さくてリーズナブルなのが望みだったのだからこれじゃ通る訳がない。
よって様々な手段で「エコ大和」が次々と設計されていった。
速力、航続力、防御力の全てをちょっとずつ犠牲にした61600tのG1A案(26ノット、16ノット/6600浬)、主砲の46センチ砲を1門減の8門(混載で前方集中配置)にし速力を24ノットまで低下させ航続も16ノット/6600浬で我慢(防御も犠牲にした)をした究極のエコ戦艦(50059t)であるK案(もうこうなると意地で46センチ砲装備の戦艦を設計してるとしか思えない)。
それじゃあんまりだから速力は27ノット、航続は16ノット/7200浬で3連装主砲塔1基を後方へ移したF案(60350t)。
「46センチに拘らなくても良いんじゃない?」って大人的発想で主砲を40センチ砲3連装3基の前方集中配置とし防御も我慢し、速力も27.5ノットで抑え航続も16ノット/7200浬とした「パッとしない」J0案(52000t)。
それを「もうちょっと個性だそうよ」って事で29ノット(航続は18ノット/6000浬)にしたJ2案(54030t)。
大御所平賀が踊り出て「わしも交ぜろ!」と提出した46センチ砲10門のI案。
このI案は主砲を連装砲塔と3連装砲塔の混載とし前後均等配置にしているんだけど、言うなれば金剛代艦(平賀案)のレイアウトと全く同じなのだ。
よっぽどこの主砲配置が気に入ってたんだね、大御所は。
そしてこれら諸案に様々な改正案(改悪案?)が続々と加わっていった。
40センチ砲でリーズナブルが売りのくせに「砲塔1基増の12門にして火力を増大しようや。」って本末転倒な事をしたJ3案(58400t)。
「前方集中配置は構わんのだけど3番砲塔の向きだけ変えてみては?」って意見のG0A案(65450t)などなど・・・
あんまりたくさんあるから書くの嫌んなっちゃった。
この様な次第で設計案(ちょっとしか違わないのが数多く存在する)はバカみたいに増えていったのである。
こうして見ると日本海軍が主砲門数や速力はもとより航続距離や燃費、サイズ(建造資材)、工数(建造期間)に対して如何に関心を持っていたか判る。
よってゲームに反映させるなら火力や速力、装甲など戦術的局面を再現するのに激闘シリーズ、航続距離、燃費、サイズ、工数など戦略的局面を再現するために太平洋戦記シリーズと別に作らなくてはならないのだ。
一緒にできないかって?
ちょっと難しいなあ。
「日露戦争」ではまあ、やってみたんだけどね。
太平洋戦争となると期間、数的ボリューム、空間的規模が大きくて大変だよ。


その5:
大和型設計案のひとつの特徴として「気の狂った様な副砲配置」がある。
いったい誰が考えついたんだろうね?
世界中の戦艦を見てもあんな不思議な副砲配置は見あたらないよ。
何?
どんなのか知らないって?
しからば・・・
まず最初の原案、A案、B案は主砲塔がネルソン型とそっくりな前方集中配置で船体後方がガラ空きだったから最後尾は航空艤装、その直前に15.5センチ3連装副砲塔を背負式に中心線配置、そしてその左右舷側にも1基ずつ配置した。

A140−A案
A140−B案

うん、これならおかしくない。
リシュリュー型(こっちは3連装副砲塔3基だが)に似てかっこいいし僕も合理的だと思うよ。

ネルソン型戦艦
リシュリュー型戦艦

しか〜し!
前方に3連装主砲塔2基、後方に1基のA1、B1案がいけなかった。
15.5センチ3連装副砲塔4基をゴッソリとマストと3番主砲塔の間の空間にまとめて配置したのである。
どんな風にかって?
まずマスト直後の左右両舷に1基ずつ配置される。
次にその後の中心線上にちょっと高くして1基。
更にその後の中心線上にもっと高く背負式に1基。

A140−A1案
A140−B1案

ねっ、変でしょ?
そして主砲を前後均等配置の連装4基としたA2、B2案も負けずに変!
マスト直後の中心線上に背負式で配置するのは一緒だが両舷にあった副砲塔が3番主砲塔と4番主砲塔の間の位置まで後退しているのである。
これじゃあ4番主砲塔が真横までしか撃てないよ。
副砲配置には他にもリーズナブルなJシリーズやKシリーズに対応した15.5センチ3連装副砲塔3基(リシュリューとだいたい一緒)のパターンや「主砲をできるだけたくさん積もうや」って事で、逆に副砲は15.5センチ4連装副砲塔2基(いいかい?4連装だよ)にしたI案、みんなが知ってる大和型となった2番主砲塔直後と3番主砲塔直前の中心線上に各1基、船体中央左右舷側に各1基のFシリーズがあった。
一番まともなのがFシリーズ、次が原案とJシリーズ、悪くはないけど4連装の新設計に手間がかかりそうなI案、もうダメダメなその他って感じかな?
まあ、Fシリーズだって「誘爆したらどうするの?」って説(「そんな事ねえっ!」って頑張る論者も大勢いるが)もあるし、超大和型になると「副砲って何?」ってハナシになっちゃうんだけどね。
だとすると・・・
原案とJシリーズが最善って事になる。
う〜ん、和製リシュリュー(主砲配置はネルソン)かあ・・・


その6:
さて、ズラリと出揃った大和型の設計案の中で本命となったのは、大多数を占めた前方集中配置の諸案ではなく意外にもF案だった。
ただしF案はリーズナブル路線だから火力が小さく装甲が薄い。
そこで主砲を1門増やし装甲も強化したF3案が設計された。

A140−F3案

F1案やF2案もありそうな物だが現在はまだ、発見されていないらしい。
なお発見されているF3、F4、F5、F6案は松本喜太郎著「戦艦大和・武蔵設計と建造」(大和関連でもっとも権威あるとされている文献)にデータが記載されており基準排水量も書いてあるのだが、この数値がどうもおかしい。
ちょっと並べて見よう。

公試排水量 基準排水量 航続力(16ノット巡航)
F3案 61000t 57776t 4900浬
F4案 62545t 58260t 7200浬
F5案 65200t 62315t 7200浬
F6案 68200t 64000t 7200浬

ちなみ最高速力はどれも27ノット、兵装はほぼ同様(F6案だけ機銃が若干異なる)、防御は同じ、機関出力もF6案がタービンのみで15万馬力なのを除きどれもタービン7万5千馬力、ディーゼル6万馬力で同じ、大きさも最短のF3案が246m、F4案が248m、F5案が253m、最長のF6案の256mで大して変わらず全幅、喫水は同じである。
前にも書いたが基準排水量とは燃料(水も含む)を搭載しない状態、公試排水量とは燃料(および水)を満載の2/3搭載した状態である。
よってその差から燃料搭載量が判る。

燃料 航続力
F3案 3224 4836 4900浬
F4案 4285 6427 7200浬
F5案 2885 4327 7200浬
F6案 4200 6300 7200浬

なんでF5案は燃料が一番少ないのに7200浬も航続力があるのか?
なんでF6案は「タービンのみ」なのに燃料搭載量がほぼ同等のF4案と航続力が匹敵するのか?
全くおかしな話である。
どれかの数値が間違っているのであろう。
その「どれか」が判らないから「Fシリーズはどの様に進化したか。」を解説するのが難しくなる。
基本資料の数値が「あてにならない」のだからどうしようもない。
よって「Fシリーズはどの様に進化したか。」の解説はやめにして、「はい、色々あってF案はF5案になりました。」と締めくくる事にする。
どうもF3案の航続4900浬てのが甚だ胡散臭いのだ。
たくさんある大和型の設計案の中でこんなに短いのはこれだけである。
その上はもう6000浬まで飛んじゃってるんだから。
(F1やF2案が発掘されればもっとあらすじが見えて来るのかも知れないが)
で、F5案なんだが「とんでもない事態」が発生してF6案に改案される。
賢明なる読者はもうお判りの事と思うが、「ディーゼル機関はモノになりそうもない」ってのが発覚し「タービンのみ」が決定されたのである。
これでもう機関出力やら燃費やら航続力やら最高速力やら船体のサイズやら何もかもが・・・(「ふりだし」に戻る)
嗚呼。
こうして出来たのがF6案で最終案(つまり大和型)となった。
ま、大和型の設計経緯はだいたいこんな所である。


その7:
さて「タービンのみ」と「ディーゼルとタービンの混成」、「ディーゼルのみ」はどこが違うのであろうか?
それはズバリ、煙突の数と形が違うのである。
大和型と言えば「船体中央にデンと構えた太い斜めの1本煙突」が特徴だが、これは最終案が「タービンのみ」だったからで「ディーゼルとタービン混成」の煙突は中くらいのタービン用煙突と極細のディーゼル用煙突の2本煙突、「ディーゼルのみ」は極細の1本煙突(ディーゼルだと煙突のおかげで船体上部の省スペース化が可能)となる。
と、言う訳で今回もちょっとばかり機関系の話をしよう。

まずは燃費の差だけど海軍造船技術概要・上巻37頁に「タービンのみ11万5千馬力」と「タービン6万馬力+ディーゼル5万馬力の混成」を比較した表が載っており、18ノット/8000浬の燃料所要を「タービンのみ」が8400t、混成を5700tとしている。
混成だと燃費が良くなり2/3の燃料で済む訳だ。
ただし「機関室面積当たり発生馬力」は「タービンのみ」の方が有利で、1割ほど発生馬力が大きい。
つまりディーゼルで同等馬力を確保するには機関室を大きくせねばならなくなり、船体が大きくなってしまう。
でも燃費が良くなるので燃料庫は小さくなり船体は小さく出来る。
よって長大な航続力を求めるなら燃料庫のサイズが大きな影響を及ぼすのでディーゼルの方が有利となり、そうでないなら機関室スペースを小さくできるタービンの方が有利となる。
ここで考えねばならないのは「戦艦が決戦海面までどれだけの航海をしなければならないのか?」という事である。
必要以上に航続力が長くても大してメリットはない。
少々燃費が悪く航続力が短くても戦略的に間に合うのであれば「タービンのみ」にして機関室の省スペース化を図った方が全体的に小さく船型を設計する事も可能であり「航続距離の決定」や「機関構成の決定」は「戦略方針の決定」と切っても切れない関係にあると言える。
ちなみに「タービンのみ」の最終案は燃料6300tで航続7200浬だから燃費は1t当たり1.14浬であった。
それに対しF4案は総馬力で1割減、出力の半分弱がディーゼルと言う好条件なのに、航続力が同等で燃料搭載量も最終案とほぼ同等の6427t(つまり燃費も同じ)なのはとても変だ。
ではどの位だったら妥当なんだろうか?

お試し版はここまでとなります。
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