阿部隆史 執筆A『丸』2008年5月号



ティーガーは言わずと知れたドイツ軍の重戦車である。
知名度ではかるなら第2次世界大戦中の戦車で1、2位を争うであろう。
しかしティーガーの生産数は1型と2型を合わせても2000両に満たない。
第2次世界大戦に際し生産されたドイツ軍AFV中1位のV号突撃砲(9046両)、2位のW号戦車(8529両)、3位のパンター(5995両)、4位のV号戦車(5693両)に遠く及ばず、たった1年しか生産されなかったヘッツァー(2584両)よりも少ないのである。

V号突撃砲F型
ティーガーT

1942年6月に量産が開始されたティーガーは敗戦までの2年11ヶ月で1型が1348両、2型が489両の合計1837両が生産されたが、月当たり52両に過ぎない。
一方、ヘッツァーの場合、月当たり215両にも上る。
重量16tのヘッツァーと57tのティーガー1型を比較するのは適切でないとの意見があるかも知れない。
では45tのパンターと較べてはどうか?
パンターの生産期間は29ヶ月間で、月あたり206両に達する。
やはりティーガーは知名度の割りに生産数が非常に少ないのである。
それは何故であろうか?
その答えはティーガーが重戦車であるからに他ならない。

それではまずここで「戦車の役割」について考えてみよう。
第一次世界大戦で戦車が開発された要因は鉄条網の突破と機関銃座の覆滅だったが、これは歩兵に対する直協任務である。
更に第一次世界大戦後、戦車の速力が向上し騎兵が機械化された事により機動任務が加わった。
各国はこの二つの任務に対しどの様な戦車を開発したのであろうか?
直協任務では防御力、機動任務では速力が重視されるが英軍では直協任務にたずさわる機甲旅団用としてマチルダ、バレンタイン、チャーチルなどの歩兵戦車、機動任務にたずさわる機甲師団用としてクルセーダー、クロムウェル、コメットなどの巡航戦車を開発した。

バレンタイン歩兵戦車
クルセーダー巡航戦車

仏軍では直協任務にルノーR35などの歩兵戦車、機動任務にホチキスH35やソミュアS35などの騎兵戦車を開発している。

ルノーR35歩兵戦車
ソミュアS35騎兵戦車

ソ連軍でも大戦勃発時には直協任務にT26軽戦車、機動任務にBT軽戦車を充当していた。
機動任務と直協任務で別の戦車を開発する事は普通だったのである。

T26軽戦車
BT7軽戦車

第二次世界大戦中、英軍はこの方式を最後まで踏襲(例外として巡航戦車が不足した際に歩兵戦車のバレンタインを機動任務に充当したケースなどがあるが)した。
ちなみに任務によって別の戦車を開発したのは両任務に堪えうる万能戦車を開発するのが困難であったのが大きな理由だが、歩兵職種と騎兵職種の組織的利権争いが各国で発生した事も理由のひとつとして挙げられる。
なお任務別に戦車を開発しなかった例に米軍がある。
米軍では機動任務に当たる機甲師団、直協任務に当たる独立戦車大隊の双方で同じタイプの戦車を使用した。
つまり米軍では全戦車が機動任務をこなしうる速力が発揮できたのである。
T34の登場後はソ連軍でもこの傾向が強まり、低速ゆえ機動任務に充当できない重戦車を除いて両任務で同じ戦車を使用するケースが増えていった。

それではドイツ軍の場合、どうであったろうか?

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