対潜戦問答

今日も今日とて糀谷界隈は呑川のほとり、ひとりの若者がご隠居の家を訪ねます。
半助さんは判らない事があるとすぐに筋向かいのご隠居の知恵を借りるのです。

半助:ご隠居、ひとつ判らねえ事があってめえりやした。
隠居:おお、なんでもお聞き。

半助:爆雷とヘッジホッグはどっちの方が有効なんでやす?
隠居
世界の艦船217号68頁によれば米軍のMK6爆雷(190キロ)の危害半径は5.5〜11mとなっておる。
なんで5.5〜11mなのかと言うと、きっと相手によって変わるんじゃろう。
それか5.5m以内なら撃沈、5.5〜11mなら損傷、11m以上なら無効と言う事かもしれんな。

半助:なるほど、その爆雷を多数の駆逐艦が同時に潜水艦へ投下するんでやすね。
隠居:いや当時は多数艦による同時爆雷攻撃は行われなかった。
それより1隻が装備する爆雷投射機や投下条を増やしていっぺんに一杯、ばらまくのが一般的だったのじゃ。
まず1発当たりの制圧面積を憲章するとしよう。
MK6爆雷の場合、危害半径を5.5mとすると1発で制圧できる面積は5.5×5.5×3.14=95平方m、危害半径を11mとすれば380平方mじゃ。
一方、ヘッジホッグは29.5キロ弾24発(弾量708キロ)が42×36mの範囲に着弾するので制圧面積は1512平方mになる。
ここで弾量1キロに対する制圧面積を比較してみよう。
MK6爆雷で5.5mの場合、0.5
MK6爆雷で11mの場合、2
ヘッジホッグの場合、2.1
MK6爆雷の11mは損傷にしかならないのに対しヘッジホッグは命中すればほぼ確実に撃沈できるからヘッジホッグの有効性がうかがい知れよう。
ただしこれは1発しか爆雷を撒かなかった時の話じゃ。

爆雷攻撃の多数を同時にばらまくから効果は必ずしもこの通りではなくなる。
例えばフレッチャー型の場合、右舷のK砲で3発、左舷のK砲で3発、艦尾の投下条で3発まく。
K砲の射程はMK6爆雷だと45m、68m、110mの3段階(世界の艦船「アメリカ駆逐艦史」参照。同書によればMK9爆雷だと55m、80m、135m、ただし「艦船メカニズム図鑑」だとMK6爆雷で46m、69m、110m、MK9爆雷で55m、83m、140m、また世界の艦船「第2次世界大戦のアメリカ軍艦」では18mでの投射も可能としている)なので射程45mで等間隔に投射及び投下すれば9発の爆雷がオセロの目のように並ぶ。
(投射パターンは9発と決まっている訳ではない、状況に応じて色々である。)
隙間があるのは心配かもしれんが潜水艦だって100mもの長さがあるのだし船体のどこに当たっても効果があるのだからこれで良いのじゃ。
ちなみに投下軌条から投下するのは弾量344キロのMK7爆雷なので危害半径がちょっと広いし投下軌条は10m離れて2条あるから真ん中の列は潜水艦にとってツライ場所となる。

半助:へえ〜、でっかい爆雷もあったもんでやんすね。
隠居:ああ、英軍はMkX1t爆雷なんてのもあるぞ。

半助:そんなでっかい爆雷でも深度がずれたら効果がでないんじゃないすかね?
隠居
その通り。
だから爆雷の場合は水測兵器の能力差が物を言う。
もしも水測兵器の信頼性が低いのならば数と運に頼るしかない。
ちなみに日本海軍が大戦初期に使用した95式爆雷の調定深度は30m、60m、80mの3段階だけじゃった。
だから45mあたりだと効果が挙げにくいのじゃ。
それではここらで爆雷とヘッジホッグの差についてもう少し説明しようかの。
基本的に第2次世界大戦中の爆雷は水圧を感知し調定された深度で起爆(末期には音響爆雷や磁気爆雷も登場した)しおった。
よって目標の深度を間違えたらいくら撒いても無効じゃった。
また水圧信管なので調定された深度に達したら目標がいてもいなくても起爆し水中をかき回してしまう。
それに対し小型爆雷を広範囲に撒くヘッジホッグは水圧信管でなく瞬発信管を装備しておった。
よって海面に着弾したら真下に向かってズンズン沈下し1発でも目標に直撃したら全弾が誘爆する。
つまりヘッジホッグは全深度に対して有効なのじゃ。
更に命中しなければ1発も起爆しないので海中をかき回す事もない。
(爆雷で海中がかき回されると当分の間、敵味方ともツンボサジキになるのだ)
加えて小型爆雷多数のヘッジホッグは通常の爆雷に比べて遙かに面積単位の網の目が細かく撃ち漏らしが少ない。

半助:だったらご隠居、通常爆雷もヘッジホッグと同じ瞬発信管にしたらどうでやす?
隠居:半助、冗談を申すでない。
24発の小型爆雷からなるヘッジホッグは24個のセンサーをもっているから有効なのであって通常の9発パターンで爆雷を撒いたらセンサー数は9にしかならぬ。
対潜戦で直撃を期待するにはヘッジホッグ並に多数をまかなければ効果がないのじゃ。

半助:ところで潜水艦と護衛艦が1対1で戦ったら潜水艦が有利と聞いた事がありやす。
   どんなもんでしょうね?
隠居
言い方にも色々あっての。
「1対1なら潜水艦が有利」と言うのは1対2以上を標準として言ってるだけの事であり1対1を標準として「1対2以上なら護衛艦が有利」と言ったって別に構わないのじゃ。
それでは「対潜護衛艦としての最適速力はどの辺か?」を考えてみるが良い。
これには対潜戦を行う上での最適と下限、船団と同一行動を取る上での最適と下限を考える必要がある。
ヒントはそうじゃな「昭和18年4月22日に軍令部が提示した18年度戦時艦船補充計画」と「機関出力と兵装の比較」じゃな。
さて護衛艦に於ける速力の必要性じゃが「駆逐艦の方が海防艦より速いから対潜能力が高い」とは言えぬが「丙型海防艦より御蔵型の方が対潜護衛艦として有効だ」とは言える。
丙型では16ノット以上の高速輸送船に対して護衛任務が果たせぬからじゃ。
ちなみに護衛艦は輸送船と同速だとちょっと困る。
船団の外周で護衛に任ずる場合、先に行ったり追いついたりしなければならないので護衛艦は船団の速力に対して3〜4ノット程度の優速が求められる。
溺者救助も重要な護衛艦の任務だしの。
優速が必要と言っても決して船団右側に敵潜水艦が現れたら左側の護衛艦も「それゆけ!」と船団を突っ切って爆雷を撒きにいく為ではない。

半助:潜水艦の方の速力はどうでやす?
隠居:もちろん攻撃中の潜水艦は結構、速力を落とす。
   バッテリーが長持ちせんからの。

半助:潜水艦と護衛艦で発見率の差はどうでやす?
隠居:護衛艦のソナーと潜水艦の潜望鏡を比べると圧倒的に潜望鏡が有利じゃ。
   なぜ1対2以上だと圧倒的に潜水艦が不利になるか?
   パッシブソナーだと目標への方位は判っても距離はつかめぬ。
   だが2カ所から方位を測定したら三角関数で位置がばれるのじゃ。

半助:対潜戦ってのは海の中の戦いだからどうもイメージ湧かないっすね。
隠居
対潜戦をイメージするにはまず速力と相対位置、射程について考えねばならぬ。
まず射程だが米軍のMK6型投射機の性能はMK6爆雷使用時で45〜110m、MK9爆雷で55〜140mじゃ。
一方、ヘッジホッグは通常弾(重量29.5キロ×24発)で183m(160mや180mとする資料もある)、スキッドが247m(重量177キロ×3発)じゃ。
前投兵器と言っても射程はごく短いのじゃよ。
なお日本の前投兵器として3式8センチ迫撃砲ってのがあるが射程は2800mと長いものの弾量が僅か3.38キロに過ぎないから物の役には立たぬ。
この兵器については「浮上潜水艦の乗員攻撃用」と書いてある資料(世界の艦船522号)や「発煙マーカーの発射機」と書いてある資料もあり純粋な対潜兵器と言い難い部分がある。
どうじゃ、半助?
ヘッジホッグやスキッドの射程があんまり短いんでガッカリしたか?
6ノットで逃げる潜水艦を16ノットの護衛艦が追尾しているとしたら接近距離は1時間10浬(18キロ)。
と言う事は1分間で300m。
ヘッジホッグを撃とうが爆雷を撒こうが1分弱しか時間は変わらんのじゃ。

半助:それじゃご隠居、なぜ前投兵器の射程をもっと長くしねえんでやす?
隠居
実はあったのじゃ。
長射程の対潜兵器がな。
英海軍が戦前に開発した28センチ対潜臼砲MK1(弾量90キロ)や19センチ対潜臼砲MK1(弾量45キロ)の射程は1100〜1500mもあり日本海軍が敷設艦厳島に搭載した93式爆雷投射機(弾量107キロ:ビッカース製遠距離爆雷投射機のコピー品)の射程も1500mに及んだ。
じゃが93式爆雷投射機は厳島だけに終わり英海軍の対潜臼砲も日の目を見なかった。
なぜだか判るか?

半助:長射程の投射はできても長射程での捜索と測的、発射管制ができなかったからじゃないすかねえ?
隠居
その通り。
丸軍艦メカ「日本の駆逐艦」142頁では93式探信儀の能力を探知可能距離1700m、方向誤差+−6.5度、距離誤差4%、捕捉率50%、探知回数に対する虚探知率50%と記述した後で「探知可能距離は確実な所、500m以内」としている。
これでは1500mの射程なんて宝の持ち腐れに過ぎぬ。

半助:英の28センチ対潜臼砲や日本の93式爆雷投射機はどっちも前に向かって発射するんでやんすか?
厳島は後甲板に装備してやすが?
隠居
半助や、ちと勘違いをしておるようじゃの。
真っ直ぐ前にとばすのが必ずしも前投式ではない。
後甲板に装備していても前投式は前投式なのじゃ。
護衛艦「あまつかぜ」や「やまぐも」のアスロックを考えてごらん。
「船体中央に装備してるんだからこのアスロックは前投式ではない」なんて誰も言わぬじゃろ。

半助:それでもあっしは厳島の93式は、どうも対潜用か怪しい気もするなぁ。。
隠居
ははあ〜、「敷設艦に装備されたと言う所」で怪しんでおるのかな?
実は厳島が建造された昭和初期、日本海軍は敷設艦を護衛艦の主力とするつもりだったのじゃ。
なにしろ厳島型に続く八重山型は12隻もの量産が計画(予算が無くて1隻しか建造されなかったけど)されておった。
排水量1200tで速力20ノット、12センチ高角砲2門と駆逐艦に相当する爆雷兵装を備えた八重山型(当然、機雷敷設能力もある)は有力な護衛艦となりえたろう。
航続力が14ノットで3000浬と短い点を除けば。
まあなんにしても敷設艦は「主力護衛艦」とならず次には掃海艇が「主力護衛艦」として続々と建造されはじめた。

半助:なぜ海防艦じゃなくて掃海艇なんでやす?
隠居
なんと日本海軍の掃海艇は火砲が強力(7号型や19号型の場合、12センチ砲3門で2等駆逐艦と同じ)で対潜兵装は充実(爆雷搭載数が駆逐艦の2倍)、速力20ノットでおまけに掃海能力もあると言うスグレモノ(なんと1号型と13号型は機雷敷設能力まである)なのじゃ。
航続力が14ノットで2000浬(19号型の場合)と短い点を除けば。
ひとつ説明しておくと日本海軍の場合、掃海艇のみならず駆逐艦や海防艦にも掃海装置が備えられていたし掃海艇、敷設艦、海防艦、駆逐艦のどれにも対潜兵装が備えられていた。
だから護衛艦=海防艦ではないし「掃海艇でなきゃ掃海はできない」と言ったもんでもない。
そして掃海艇をけとばして一躍、主力護衛艦の座についたのが航続距離が長いだけが取り柄の海防艦じゃった。
なぜ日本海軍は「護衛艦に大航続力が必要」だと考えず掃海艇を護衛艦の柱に据えようとしたのか?
その答は蘭印にある。
実の所、日本海軍は長い間、易々と蘭印が手に入るとは思ってなかったのじゃ。
蘭印の守備兵力が強大だからとか堅固な要塞があるって理由ではない。
オランダが中立国であるってのが大きな理由じゃった。
(ヒトラーがオランダを攻めるとは当時、あまり考えられていなかったのじゃ。第1次世界大戦でもオランダは終始、中立だったしの。)
いくら油が欲しいからと言って滅多やたらに中立国へ宣戦布告できるものではない。
ドイツがオランダを攻めてオランダ本国が瞬く間に席巻され日本が3国同盟を結んでいるから自然と「蘭印を拝借」って流れになったのじゃ。
ABCD包囲網(ロンドンで間借り生活をしている亡命オランダ政府としては英米から対日締めつけ政策の要請があった場合、むげに断れぬ)もあったしのう。
いずれにしても「蘭印の油田を入手できる機会」が生まれてから日本海軍の護衛艦に対する機能要求がガラリと変わった。
かくして何よりも航続距離が重視されるようになったのじゃ。

半助:なるほど、それじゃ日本の場合航続力を増すってのは燃料タンクが大、燃費が良のどちらなんでしょうね?
隠居:もちろん両方じゃよ。

半助:先ほどの話でヘッジホッグが如何に有効な対潜兵器であるかはよっく判りやした。
隠居:半助は物わかりが早いのう。

半助:ですがねえ、そんなに良い物ならなんでヘッジホッグだらけになって爆雷が消えちまわなかったんです?
隠居:そうじゃのう。
ヘッジホッグと爆雷の共存体勢は24年間(ヘッジホッグの登場が1942年、海自でヘッジホッグと爆雷の双方を装備する最終艦の駆潜艇「ひよどり」竣工が1966年)も続いたからのう。
今日はひとつここの所を掘り下げて見るかの。
やはり爆雷には爆雷の利点があったのじゃ。
まず双方の投射方法と制圧範囲について再述しよう。
ヘッジホッグは弾量29.5キロの着発信管付小型爆雷を射程183m(160mとする資料や180mとする資料、230m、257m、260mなど例によって色々あるが)で発射し長径42m、短径36mの楕円にばらまく。
投射される弾量合計は708キロ、制圧面積は1233平方m(前に1512平方mと言ったあれは間違い。長方形に着弾するのではなく楕円形じゃった。)で1発でも目標に当たれば全弾が誘爆する。
世界の艦船217号65頁によれば1944年中期で命中率8%、1945年中期で10%だったらしい。
命中しなければ1発も爆発しないので目標をやっつけたかどうかすぐに判る。
もし爆発すれば大抵の潜水艦は撃沈、よほど運が良くても大破は免れない。
なにしろ合計709キロ(古鷹型重巡の主砲一斉射撃ですら合計750キロ)の爆雷が42×36mの範囲で一斉に爆発するのじゃから。
撃沈する事が目的なら「大変有効な兵器」と言えるのう。
目標が42×36mにいればな...
多くの場合、いないから100回撃って8回命中(1944年時)なのじゃ。
それでは外れた場合どうするか?
護衛艦は「目標がいたと思われる位置」に突っ込み爆雷戦を開始する。
ここで米軍の護衛駆逐艦バトラー型が16ノット(時速30キロ)で行動し12発パターンで投射する場合を考えて見るとしよう。
左右両舷にK砲が4基ずつ艦尾に投下軌条が2基あるがK砲の射程は45m、68m、110mの3段階(MK6爆雷使用時:ただし18〜137mとする資料もある)じゃ。
よって45m間隔で12発をまくには時速30キロ(分速500m)だと6秒間隔(めんどくさいので爆雷投射飛行時間やK砲の配置間隔(約2m)などは無視する)で投射と投下を繰り返せば良い。
MK6爆雷の沈降速度は秒速2.4m(これまた1.4とする資料や2.28とする資料が...)、爆発調定深度を60mと仮定すれば到達するまでの時間は25秒じゃ。
護衛艦は分速500mで航走しているのでが25秒だと投下後、208m離れた所で次々と爆雷が破裂してゆく。
MK6爆雷の危害半径は11mなので制圧面積は112×157mの17584平方mに及ぶ。
ただし爆雷戦は網の目が粗いので取り逃がす事が多いし水圧信管だからとにかく全部、爆雷が爆発するので「やっつけたんだか取り逃がしたんだか判定」するのが難しい。
加えて水中爆発の多発で水中がかき乱され目標を失探(ロストコンタクト)してしまう。
反面、目標に対する威嚇効果があるので撃沈/撃破は出来なくとも爆雷戦は護衛任務としての効果は高い。
潜水艦をやっつけるのが任務なのか船団を守るのが任務なのか?
ヘッジホッグはスグレモノの対潜兵器じゃが爆雷もなかなか捨てた物では無いのじゃ。
ちなみに当時のソナーは真下と後方(自艦のスクリュー音がうるさいからのう。)が死角なので爆雷戦開始時以降、常に護衛艦は目標を失探してしまう。
よって護衛艦が2隻コンビで行動していると1隻が探知、1隻が攻撃で役割を交代し目標を追い続ける事ができるのじゃ。
なおヘッジホッグは荒天時に精度がガタ落ちするのが大きな欠点じゃった。

半助:映画で見ると結構、潜水艦の近くで爆雷が爆発するシーンがあるんですが本当なんでやんすかね?
隠居
世界の艦船217号p68によるとMK6爆雷の危害半径は5.5〜11mだそうだが堀元美著「潜水艦」p118だと6.3mで撃沈(MK7は10.6m)とある。
実際にMK6爆雷を使用していた艦の水雷長じゃった方は「もっと危害半径は広いと思う」と言うておったし「5.5mで撃沈、11mまでで撃破」ではなく「5.5mで撃沈確実、11mまでで撃沈もしくは撃破」って事かも知れぬのう。
また「潜水艦」p130には爆雷の炸薬にマイノール(MINOL)を使用してからは7.5mで目標の船体にヒビワレ(つまり沈没)、15m以内で損傷と記述されているがどの爆雷を使用してかはつまびらかにされておらん。
なにしろ爆雷とて190キロのMK6から344キロのMK7、更には約1tのMKX爆雷まで色々あるからの。

半助:複数護衛艦が1隻の潜水艦を攻撃する場合、どうするんでやすか?
隠居
大戦中に於ける複数の護衛艦から1目標への攻撃は一般的に次の2形式に分かれる。
1.1隻が攻撃(ブラザー)、1隻が補助(シスター)となりブラザーの攻撃中はシスターが捜索を継続し攻撃終了後、両者が役割を交代する方法(世界の艦船432号p100)
2.1隻がハンター、1隻がキラーとなりハンターは捜索、キラーは攻撃を担当する。
キラーは常にハンターの指示によって攻撃を実行する。(堀元美著「潜水艦」p133)
1の場合、当然の事ながら同時に爆雷を撒く事はありえぬ。
2はクリーピングアタックって言うんじゃがこれならハンターがキラーが2隻以上を管制できれば同時爆雷攻撃は不可能じゃないかもしれない。
でもキラーとハンター1隻ずつのペアで上手くやるだけでも相当の訓練が必要だそうだから2隻以上を管制するとなると...
実質上、無理に近いじゃろう。
一般的に「複数護衛艦による協同攻撃」ってセリフじゃと各艦が一斉に爆雷を撒きそうな雰囲気があるが必ずしも同時に爆雷を落としてる訳では無いのじゃ。
もっとも威嚇が主目的である場合は船団外周の護衛艦が同時に爆雷を1発ずつ撒くなんて事もあったらしいがの。

半助:ソナーってえとヘッドホンした兵員が探知する姿を思い浮かべたりするんでやすが当時の探知システムはどんなもんだったんでやすか?
隠居
水中の潜水艦を探知する兵器を水測兵装と言うが国によって呼び方が少々異なっての。
原理としては1.水中の音を耳をすまして聞く方式と2.電波を利用するレーダーに代わり音波を利用して反射を得る方式に大別される。
そして1の方法による水測兵装を日本海軍では水中聴音機、米海軍ではパッシブソナー、英海軍ではハイドロフォンと呼称し2の方式による物を日本海軍では水中探信儀、米海軍ではアクティブソナー、英海軍ではアスディックと呼称しておった。
めんどくさいから以降は1の方式の水測兵装を聴音機、2の方式の水測兵装を探信儀と呼称しようかの。
さて聴音機は広範囲の音を探知し方位も若干、測定できるが距離は掴めん。
一方、探信儀だと距離が測定できるが捜索対象が狭く使用制限も色々と多い。
そこで聴音機で警戒し潜水艦の存在が明らかになってから探信儀で距離を測り攻撃する事になる。
聴音機と探信儀の双方を装備していればのハナシじゃがの。
じゃが日本海軍の場合、初の本格的量産型探信儀がフランスのSCAM製探信儀(1936年輸入)を参考とし国産化した93式探信儀であり朝潮型以前の駆逐艦は竣工時、全く探信儀を装備しておらんかった。
(なお93式探信儀以前に91式探信儀が存在するが実験兵器だったらしく水上艦で装備されたのは駆逐艦有明と夕暮のみであった。)
なんと占守型海防艦も竣工時には探信儀を装備していない。
では聴音機はどうか?
日本初の聴音機は米国のMV式(1930年輸入)に始まりついでドイツの保式聴音機(1932年輸入)を国産化した93式聴音機(捕音機数16:ただし15とする資料もある。一般に捕音機の数が多いほど聴音能力が高い。)が量産されたがこれまた朝潮型以前の駆逐艦と占守型海防艦には装備されていなかった。
それでは聴音機も探信儀も無しで護衛艦はどうやって潜水艦を探知するのか?
見張員の視力によって探知したのじゃ。
だがいくら日本海軍の見張員が練達の士であったとしても水の中までは見えぬ。
じゃから見つけるのは潜望鏡もしくは突進してくる雷跡と言う事になる。
そしてもしそれを見つける事ができなければ味方艦船に立ち上る水柱によって対潜戦が開始されるのじゃ。
この場合、潜水艦の位置が特定できないので威嚇くらいしかできん。
よって水測兵装を駆逐艦、海防艦などへ増備する事が急がれ新造の陽炎型以降の駆逐艦と択捉型海防艦はもちろん既存の駆逐艦や海防艦、掃海艇などにも93式聴音機と93式探信儀が続々と装備されていきおった。
丸軍艦メカ「日本の駆逐艦」によればまず探信儀、ついで聴音機が装備されたらしいの。
また丸エキストラ版39号p189によると占守に探信儀が装備されたのは1943年春であり聴音機は更にその後となっておる。
一方、駆逐艦や海防艦、掃海艇の水測兵装装備が遅れていたにも関わらずより小型の駆潜艇には竣工時から聴音機と探信儀の双方が全艦に装備(第1号駆潜艇の竣工は1934年、占守の竣工は1940年)された。
また3隻しか建造されなかった第1号型駆潜艇は水測兵装の実験艦であり1号と2号はMV式聴音機と93式探信儀、3号は93式聴音機とSCAM製探信儀を装備しておった。
これが初の量産型駆潜艇(9隻建造)となる4号型では93式聴音機と93式探信儀に統一されておる。

半助:同じ時代でも数字の見方や国によって危害半径の測定条件は大幅に違うんでじゃないでしょうかね?
隠居
まったくもってその通りじゃ。
だから危害半径なんてのはあやふやな目安に過ぎぬ。
基本的に最大潜航深度が大きい潜水艦は水中爆発に対して強く小さな潜水艦は弱い。
また水中爆発は海面方向に拡散するから潜水艦の直下で爆発するのと直上ではかなり危害半径が異なる。
発射管やハッチ、潜望鏡など開口部付近では浸水しやすくなるしの。

半助:ヘッジホッグってのは全周旋回するんでやすか?
だったら護衛艦は旋回性能が低くても構わないって事になりやすが?
隠居
いや、大戦中のヘッジホッグは固定式のMK10だったから護衛艦は速力は低くて構わないものの旋回性能は重要なファクターとなっておったらしい。
ちなみにヘッジホッグの射程について色々な数値があるのは発射機に固定式のMK10と旋回式のMK15(戦後のタイプで海自の護衛艦などに多く装備された)があり弾薬に通常弾と長射程のMk10弾があった為じゃ。
世界の艦船「アメリカ駆逐艦史」によると
MK10発射機 通常弾   183m
MK10発射機 MK10弾 257m
MK15発射機 通常弾   172m
MK15発射機 MK10弾 240m
更に元はヤード表記されていたのをメートルに換算した時、端数を切り捨てたり切り上げたりで色々な数値になっているのじゃ。

半助:ヘッジホッグは命中時に残り23個もすべて誘爆していたんでやすか?
「誘爆してねえ」ってダチが言いやがるもんで...
隠居
全て誘爆する。
1個では弾量29.5キロ、炸薬13.6キロであまり効果はないんじゃ。
24発全てが42×36mの狭い範囲内で爆竹の様にはじけまくるから絶大な効果があるのじゃ。
ヘッジホッグは2発ずつ0.2秒間隔で発射されるから全部発射するのに2秒ちょっとかかる。
発射された24発の対潜弾はあらかじめ角度、方位が固定されており上述の距離を飛翔した後、36×42mの楕円の円周(つまり120m)に沿って着水する。
つまり5m間隔じゃ。
潜水艦の全幅は海中型(呂33)で6.7m、乙型(伊15)で9.3m、U7型Cで6.2mあるから5m間隔なら取り逃がす事はない。
そしてヘッジホッグの対潜弾は着発信管じゃから5mなんて距離で爆発したら次々とドミノ倒しの様に誘爆する。
つまりヘッジホッグは1発も爆発しないか全部爆発するかのいずれかなのじゃ。

ちなみに発射に2秒ちょっとかかると書いたがこれが荒天時に大きな影響を及ぼす。
ヘッジホッグのMK10発射機は四角形で一辺僅か3m程度の小さな物(発射機重量2.3t)じゃ。
そこに24発の対潜弾がズラリと装填されているんじゃがそんな狭い間隔で並んだ対潜弾がどうして42×36mの広範囲に散らばるかと言うと1発、1発が角度を変えて装填されているからに他ならぬ。
2秒ちょっとの間に発射された24発の対潜弾はもし艦が動揺していないなら投網を投げた様に空中で広がり綺麗に42×36mの楕円を作って着弾するじゃろう。
だが荒天下でローリング(横揺れ)やピッチング(縦揺れ)のさなか発射するとどうなる?
同時に24発発射されるのなら問題はないが艦が揺れると発射している2秒の間に角度が次々と変わってしまう。
つまり弾着範囲が極端に狭くなったり広がり過ぎたり楕円じゃなくなったりするのじゃ。
ちゃんと立ち止まって立小便をするのなら汚すのは電信柱だけで済むがダンスしながらするとなると...
とんでもない事になるじゃろう?

半助:ヘッジホッグについちゃ「一斉爆発と言ってるダチ」と「命中弾のみの爆発と言ってるダチ」がいてどっちかなぁと思っているんでやすが?。
隠居
どっちも本当じゃ。
「命中弾のみ爆発」と言う話を良く聞くがこれは対潜弾1発単位ではなく24発1セットと考えて言ってる事じゃ。
1発も命中しない場合は全く水中爆発が起こらんからの。
正しくは「命中弾のみ爆発」でなく「命中した時のみ爆発」なんじゃが。

半助:93式探信儀について教えて下せいやし。
隠居
前にも言ったが探信音を発して目標の位置を測定するのが探信儀じゃ。
映画に出てくる「ピーンピーン」って奴じゃ。
日本初の量産型探信儀である93式探信儀は「世界の艦船320号」によると3型の場合で周波数17.5Kヘルツ、探知能力は探信速力12ノットで1300m、14ノットで1000m、測距誤差100m、指向性12度、方位誤差3度となっておる。
失探近接距離(探信儀はあまり近いと使えなくなる)は500m、表示は記録ペン読取式だそうな。
なおこの装置は整流覆が無いのでノイズが多いのも欠点じゃった。
次に量産された3式探信儀はドイツのS型探信儀をモデルとして開発された物で整流覆がつき表示もブラウン管式に改良されておる。
周波数は13Kヘルツと16Kヘルツの2段切り替え式で探知能力は探信速力12ノットで2000m、14ノットで1200m、測距誤差100m、指向性30度、方位誤差2度、失探近接距離150m。
データ的に見ても随分と向上した様じゃ。
ただし3式探信儀は船体中心線に装備出来なかった為、反対舷に死角ができる。
よって海防艦などでは2基装備する事が多かった。
また駆逐艦で竣工時から3式探信儀を装備したのは改松型や秋月型の一部だけじゃ。
さてモデルとなったS型探信儀はと言うと「世界の艦船234号」p77によると測距誤差50m、方位誤差1度、有効距離8浬と記述されておる。
とてつもなく有効距離が長いがこれは恐らくUボートによる無音潜航状態じゃろう。
なにしろ水中で水測兵器を操作する時、最大の邪魔となるのが水測兵器を取り巻く水流と自艦のエンジン音ならびに振動なのじゃから。
停止している艦で水測するのなら相当、良い精度が発揮できる。
でも潜水艦が停止、もしくは微速で待ち伏せするのに比べ護衛艦がその様な状態で戦う事は殆どありえぬ。
魚雷は数千m離れた目標を攻撃できるが対潜兵器(ヘッジホッグだって200mちょっとだ)はそうもいかぬからのう。
(船団は常に移動しておるし。)
つまり同じ水測兵器を使用していても潜水艦側の方が遙かに有利なのじゃ。

半助:駆逐艦の聴音機未装備の話とあわせて考えると、当時の水測兵器は、ハード、ソフト、両面の事情のために、大型艦に優先配備されていたんじゃないすかね?
隠居
大型艦と同時に駆潜艇も優先された。
なお日本海軍は小型艦用の93式聴音機(捕音機16)についで大型艦用の零式聴音機(捕音機30)を開発しておる。
でもおかしな話じゃ。
翔鶴型をはじめとする大型艦や護衛任務には使用できない程、航続距離が短く小船体の駆潜艇に聴音機や探信儀を装備し護衛の主力たる海防艦、駆逐艦が後回しなんじゃから。

半助:それじゃひとつ聴音機についてのお話を。
隠居
うむ、聴音機の機能は耳をそばだてて音を聴く事じゃ。
尾籠な話じゃがトイレに先客がいるか確かめる時、普通ならノックするじゃろう?
ノックが返って来たら先客がいると諦め他を探す。
だがノックをしないでも先客がいるか確かめる方法がある。
トイレのドアに耳をあてじっと中の音を聴くのじゃ。
(大変、怪しい行動なので決して実際にやってはならぬよ。)
探信儀を使用して目標を探知するのはノックに相当し聴音機はドア耳に相当する。
ちなみに探信儀の利点は距離が測れる事であり聴音機の利点は自己の存在を秘匿できる事と後方などを除く全周囲を同時に探知できる事じゃ。
また探信儀の場合、探信音を発信したら目標に探信音が当たって返って来るまで次の発信ができぬ。
水中での音波伝達速度は空気中の約4倍で1450m/sじゃ。
すなわち93式探信儀を探信速力12ノットで使用した場合の探知距離は1300mだから往復で2600mに2秒弱かかる。
加えて探信音は全周ではなく指向性をもって水中を進むので360度の全周を捜索するにはかなり回数の発信が必要となる。
この点、聴音機は大変便利だが「どっちの方向から音がくるか?」と「音はどの程度大きいか?」しか判らぬ。
さて聴音機はどういった原理で音の方向を判定するのじゃろう?
例えば93式聴音機だが艦底に直径3mの円周を描く形で16個(資料によっては15個)のマイクが埋め込まれておる。
理屈としては音源に最も近いマイクが一番早く音を拾いもっとも離れたマイクが一番最後に音を拾うのでマイクを特定できれば良い。
だが音は水中を秒速1450mで進むのだから3mの距離差では1/483秒の時間差で判定せねばならなぬ。
とてもではないが人間技では無理じゃ。
そこで各マイクとヘッドフォンの間に遅延回路を組み込み先に音が通ったマイクに時間的変化を与える事によって音源方向の特定(詳しくは深田正雄著「軍艦メカ開発物語」p87を御参照されたい。)がなされた。
こうして開発されたのが93式聴音機である。
ただし93式聴音機は「よし、作ってみよう」でスパッと完成した訳ではない。
まず1930年に米国のMV式聴音機、1932年にドイツから保式聴音機が輸入(戦史叢書98巻ではこれに加え米国からK式聴音機が輸入されたとある)されたものの双方とも国産化できず翌年、ドイツから技術者を招聘してやっと出来上がったのじゃ。
ちなみに捕音機を30に増やしたのが大型艦用の零式聴音機での。
なお聴音距離じゃがこれは自艦の速力、天候、目標の状態で大きく変化する。
潜航中で停止もしくは微速状態の潜水艦は自艦ノイズが極めて少ない。
一方、艦隊もしくは船団を組んで航行中の水上艦艇はノイズの塊じゃ。
よって同程度の聴音機を備えていても潜航中の潜水艦は遙か彼方から艦隊(船団)の音を捉えるし艦隊(船団)の護衛艦は「目と鼻の先」まで潜水艦を見つけられぬ。
かくして同じ水測兵装でありながら護衛艦は探信儀、潜水艦は聴音機を主兵装とした。
戦史叢書46巻「海上護衛戦」によると日本海軍潜水艦の場合、戦前に建造された海大型(伊53〜58、70〜75)や巡潜型(伊7〜8)には93式探信儀が装備されておったが戦史叢書98巻「潜水艦史」によると探信儀は「探信音が敵に傍受されて被探知の原因となる恐れがあるとして開戦初期の建造潜水艦には一時装備が見合わされた。」と記述されており更に「その後、性能が向上した3式探信儀が完成して昭和19年以降再び装備されるようになった。」とある。
つまり「探信儀より聴音機が主」どころか「聴音機のみの潜水艦」が随分いた訳じゃ。
さてそれでは潜水艦の93式聴音機はどの程度の距離で目標を探知できるのであろうか?
軍艦メカ開発物語だとスクリュー音で10000m位からとしている。
潜水艦史だと集団音で25000〜30000mだ。
丸「軍事テクノロジーの挑戦」だと20000〜30000m、独航船で15000m。
いずれにしてもかなり長い。
これに対し護衛艦が装備した93式聴音機の探知距離は「世界の艦船217号」p66だと陽炎の場合で自艦速力8ノットで3200m、12ノットで1400m、14ノットで1000m、初月の場合で6ノット5000m、12ノット2600m、14ノット2000mと激減する。
93式聴音機や零式聴音機についで日本海軍が開発したのが捕音機数を80に増やした4式聴音機で改松型駆逐艦や秋月型の一部などに装備された。
更に捕音機数48の5式聴音機も開発されたがこれは量産化されておらん。
また探信儀や聴音機の他に磁力で潜水艦を探知する磁探も試作され1943年秋にY装置として敷設艇怒和島に搭載された。
これを制式化した兵器が1式3型探知装置じゃが海防艦62号に装備されたものの量産化には至らなかった。

半助:今日は連合軍の水測兵器をひとつ。
隠居
ちなみに日本軍の水測兵器は聴音機と探信儀に大別されておるがこれは米軍の場合、パッシブソナー(聴音機)及びアクティブソナー(探信儀)と呼称される。
ただし殆どの米軍水上艦ではアクティブソナーのみが装備された。

半助:えっ、それじゃ音が聞こえなくって困りやせんか?
隠居
心配するでない。
アクティブソナーは探信音を発してその反響音を受信して目標を捉える。
よって探信音を発せずマイクを受信のみに使用しグルグル回せば音を拾えるのじゃ。
多数のマイクを艦底に貼り付けた日本やドイツで使用された本格的聴音機に比べれば能力が限定されるがとりあえず聴音機としても使えん事はない。
それでは米軍のソナーを概括してみよう。
まず純然たるパッシブソナーだがこれはJシリーズと呼ばれ1930年代にJA、JB、JC、JD、JE、JG、JH、JLなどが開発され一部は実験兵器としてクリムソン型の旧式駆逐艦やファラガット型駆逐艦などに装備された。
特筆すべきなのはJLとJPでこれは共に潜水艦用じゃった。
双方は同時に装備されたがJPは近接警戒用のT字型旋回ソナーであり攻撃時の外周護衛艦突破用に使用された。
後に後継兵器としてJPにはJT、JKにはQBE(後述)が開発されておる。
次にアクティブソナーじゃがこれには水晶発振機のQAシリーズ、ロシェル塩発振機のQBシリーズ、磁力発振機のQCシリーズ、QCシリーズの後継であるQGシリーズ、QBシリーズの後継であるQJシリーズ、大戦末期に潜水艦に搭載された機雷探査用FMソナーのQLシリーズなどがある。
いやはや大したラインナップじゃ。
とりあえず最初はQAシリーズだがこれは少数がクリムソン型や潜水艦、哨戒艇などに装備されたものの実験兵器の域を出ずお蔵入りとなった。
次のQBシリーズで重要なのは1943年からフリゲート全般及び一部の護衛駆逐艦用に量産されたQBFとJKの後継として潜水艦用に量産されたQBEでQBFは1944年から方位偏差指示器(BDI)を使用できるQJAに取って代わられた。
QCシリーズは最初、駆逐艦用のQC2、潜水艦用のQC4、大型艦用のQC6などが開発された。
それではこれらの後継もしくは量産型となるソナーを並べてみるかの。
まず大型艦用じゃがQC6についで登場したのがQCA、更に進化したのがQGBじゃ。
潜水艦用のQCシリーズはもっと数が多い。
QC4の後継となったのはQCCやQCG、QC7などであり更にこれらの後継としてQCMが開発された。
なおこの系列の後継はQCM以降、見あたらないがこれはQBEの登場によって統合化されたんじゃろうかの?
(ちょっと手持ちの文献だとはっきりせんのじゃ。)
駆逐艦用のQC2から発達したのはQCB、QCE、QCS(1942年に量産)、QCJ(APD用1943年まで量産)、QCQ、QCTなどでサムナー型からはBDI装備のQGAに代わった。
またリバモア型改造の掃海駆逐艦にはQJB(1944年量産)が装備されておる。
正直言って余りにも種類が多くどこがどう違うのか理解するのが難しいのじゃ。
それではこれら護衛艦用の対潜ソナーはどの程度の能力を持っておったんじゃろうか?
様々な文献で様々な数値が記されているがカタログデータを羅列しても水測兵器の能力は自艦速力、自艦ノイズ、兵器装備位置、目標速力、目標サイズ、気象条件、練度などで大きく変化するので何とも言えぬ。
よって「概ね連合軍のソナーがどの程度の距離で有効か?」を記述してある文献を参考にするのが良いと思うぞ。
例を挙げると世界の艦船217号によれば米海軍の水測能力は1941年9月の時点で最良状態で900〜1400mとある。
また世界の艦船320号では米英のソナーの探知距離を1浬弱としている。
輸送船入門で記述されている米英ソナーの探知距離は800〜1200mじゃ。
どうも800〜1600m前後らしいのう。
日本の場合は自艦速力14ノットで93式探信儀が1000m、3式探信儀で1200mだから性能はうつかつと言えるのではないかな。
じゃが米軍と日本海軍の間では対潜戦の戦果に大きな開きがある。
それはなぜじゃろう?
ヘッジホッグの存在だけじゃろうか?
そうではないの。
米軍では連続した探信データを記録し彼我位置を表示する水測距離記録器(TRR)が開発され対潜戦で大きな役割を果たしおった。
米国製護衛駆逐艦(海自に譲渡され護衛艦「あさひ」と改名したが。)の水雷長を勤務された目黒の大先生によれば爆雷による攻撃はこの装置に依存する事が多いそうじゃ。
またエコーの方位を精密に読みとるべく方位偏差指示器(BDI)も開発され大戦後期の建造艦はこの装置に対応したソナーが装備されるに至った。
米軍が開発したフリゲート艦用ソナーにはBDI対応のQJAと未対応のQBFがあるが戦後、日本へ譲渡された18隻中、QJA搭載艦は8隻、QBF搭載艦は10隻じゃ。
更にヘッジホッグ搭載艦にはアタックプロッターが装備された。
この装置は目標と自艦の位置的相関関係から発射タイミングをはじきだす。
こうした周辺機器の充実化が米軍の対潜能力向上に大いに寄与したのじゃ。
(だからこんなにソナーの種類が増えたのじゃがブツブツ...)
一方、日本海軍の場合はどうであったか?
なんと周辺機器の充実化どころか日本の海防艦では探信儀と聴音機が別室に装備され艦橋からの指示で個別に運用されていたのじゃ。
艦橋は電話の交換台やチャットルームでは無いから探信儀室で得た情報は聴音機室では知らぬし聴音機室で得た情報も探信儀室では知らぬ。
いくらなんでもそれではあんまりじゃ。
そこで日本海軍は探信儀と聴音機の双方を装備する「水測室」を設置した。
だが福井静夫技術少佐(丸エキストラ版39号202頁)によると海防艦に水測室が設置される様になったのは1944年末からじゃったそうな...

半助:今日はひとつ日本の爆雷についてお話を...
隠居
第2次世界大戦で日本海軍が使用した主力爆雷は95式、2式、3式の3種類じゃ。
しかしこれらにはサブタイプが多数あり資料によって記載されているスペックも異なる。
とりあえず世界の艦船「日本海軍護衛艦艇史」でのスペックを以下に記す。

名称 重量 炸薬
95式 160 100
95式改1 210 150
95式改2 170 110
95式1型 160 100
2式 162 100
2式改1 212 150
2式改2 172 110
3式1型 180 100

また戦史叢書「海上護衛戦」では全くサブタイプが記載されておらず95式(重量160キロ、炸薬100キロ)と2式(重量160キロ、炸薬100キロ)、3式(重量180キロ、炸薬150キロ)の3種しか書かれておらぬ。
ところで一部に95式爆雷の炸薬を鋭敏な88式炸薬(カーリット)から安定性の良い1式炸薬に換装したのが2式爆雷だとする文献(丸エキストラ版39号など)が散見されるがこれは誤りじゃ。
95式爆雷、2式爆雷とも88式炸薬充填タイプと1式炸薬充填タイプが存在する。
すなわち95式爆雷の1式炸薬充填タイプは95式改2爆雷、2式爆雷の1式炸薬充填タイプが2式改2爆雷なのじゃ。
つまり各爆雷のサブタイプは充填している炸薬の種別を示しているに過ぎぬ。
ちなみに両タイプの改1は97式炸薬じゃった。
97式炸薬がどんな特徴をもっていたのか判らないが同じサイズで炸薬重量が1.5倍近くになっている事から相当、比重の重い炸薬なのじゃろう。
比重が重いから当然の事ながら沈降速度が少々速い。
なお95式及び2式爆雷が1式炸薬に変更された理由は開戦初頭、敵戦闘機の銃撃などで爆雷が誘爆し轟沈する例が頻発(駆逐艦如月、疾風、東雲、掃海艇10号など)したからに他ならぬ。
95式爆雷と2式爆雷の差は信管の改良であり95式爆雷では調定深度が30mと60mの2段階(戦史叢書「海上護衛戦」による。ただし同書によると応急改造で90mも可能だったらしい。なお世界の艦船「日本海軍護衛艦艇史」では95式系6タイプのうち基本3タイプを30,60,80m、残りの1型3タイプを30,60,90mと記述している。)だったのが2式爆雷では30,60,90,120,150mの5段階となった。
外形的には双方ともドラム缶型であり寸法は変わらぬ。
大きな変化を遂げたのは流線型となり全長が長くなった3式爆雷じゃ。
沈降速度もこれまでの95式、2式爆雷が改1で2.6〜2.7m/s、改2で1.9〜2.0m/sだったのに対し一気に5.0m/sになった。
3式爆雷の炸薬については戦史叢書「海上護衛戦」では97式炸薬150キロ、世界の艦船「海軍護衛艦艇史」では88式炸薬100キロとしている。
本当じゃろうか?
今更、危険をはらむ88式炸薬を使用したとは到底、思えぬし流線型化で沈降速度が速くなったのじゃから比重の重い97式炸薬をあえて使用するとも思えぬ。
なんとなく1式炸薬が使用されていたんではなかろうかと愚考するが前記2書ではそう書かれてはおらぬ。
世界の艦船217号によると3式爆雷にも基本形の1型に加え改1と改2があり1型の炸薬が88式100キロ、改1が97式150キロ、改2が1式110キロとなっておる。
これだと95式爆雷や2式爆雷と同比率であり「3式爆雷の炸薬量は95式や2式と同量であり単に前後を長くし流線型化した物」と考えられる。
ただし世界の艦船217号では2式爆雷の炸薬を改1で88式100キロ、改2で1式100キロと記述しているので今度は2式爆雷の方がチンプンカンプンになってしまう。
さて3式爆雷の長所は沈降速度の増大だけではない。
調定深度も40,80,120,160,200mの5段階に改良されておる。
日本海軍海防艦はこれらの爆雷を各艦120発搭載し所狭しと太平洋中に撒き散らした。
まあひとくちに120発と言ってもピンとこぬかも知れぬが。

それではこれを空母の搭載機用弾薬と比較してみよう。
ちなみに隼鷹(24140t:搭載機51機)の場合、魚雷27発、80番54発、25番198発、6番348発、千歳(11190t:搭載機30機)の場合は魚雷18発、80番36発、25番72発、6番180発だ。
80番爆弾の重量は必ずしも800キロではないし弾種によっても重量が異なるがとりあえず80番800キロ、50番500キロ、25番250キロ、6番60キロ、魚雷838キロ(戦史叢書「ハワイ作戦」の数値)で合計すると隼鷹が136200キロ、千歳が72600キロとなる。
これを排水量で割ると隼鷹が5.6、千歳が6.4。
一方、丙型海防艦(745t)は爆雷120発を搭載しているが1発の重量を160キロとすれば19200キロ、排水量で割ると25.7にもなる。

半助:隼鷹に比べて5倍近くとは凄いっすね。
隠居:うむ、船型の小さな海防艦にとって爆雷の兵装重量が如何に大きかったか判ろう。

半助:そんなに積むんじゃ日本海軍が生産した爆雷数は随分、多かったでしょうな?
隠居
戦史叢書「海上護衛戦」によると第2次世界大戦中、日本海軍が製造した爆雷は
 1941年:36000発
 1942年:80000発
 1943年:60000発
 1944年:161000発
 1945年:12000発
合計すると349000発になる。
1発160キロとすれば合計55840tじゃ。
これを海にばらまくのだからいやはや、なんとも...
ちなみに木俣滋郎著「敵潜水艦攻撃」によると日本海軍が撃沈した連合軍潜水艦は56隻。
すなわち1隻の潜水艦を沈めるのに1000tもの爆雷が使用された訳じゃ。
まあ、撃沈には至らずとも損傷を与えた場合も多いし損傷を与えずとも追っ払えれば対潜戦はそれなりの成果があったと考えられるので一概に「1隻1000t」と言えぬが。
いずれにしても対潜戦には膨大な爆雷が必要であり日本の国力に大きな負担を強いた事は間違いない。

半助:米軍の方はどうです?
隠居
J・C・バトラー型(1430t)やカノン型(1253t)などの米護衛駆逐艦が搭載していた対潜弾薬じゃな。
世界の艦船320号によると米護衛駆逐艦の対潜弾薬保有数を爆雷100発、ヘッジホッグ弾15回分(360発)と記述しておる。
歴史群像「松型駆逐艦」だと爆雷100〜112発、ヘッジホッグ弾6回分(144発)じゃ。
ひょっとしたら最初は爆雷112発とヘッジホッグ弾6回分だったのがヘッジホッグ9回分を増備する為、爆雷を12発減らしたのかも知れぬ。
ヘッジホッグ弾1回分の弾薬重量は708キロじゃから15回だと10620キロ。
米軍の爆雷にはK砲で発射するMK6爆雷(重量191キロ)と投下軌条で使用するMK7爆雷(重量344キロ)があり25%がMK7だとすると合計22925キロ。
合わせて33545キロなので排水量で割るとJ・C・バトラー型が23.4、カノン型が26.7で日本の丙型海防艦とかなり近い数値となる。
爆雷投射機やヘッジホッグは甲板上で見ると小さな兵器じゃからあまり勇ましく見えぬが対潜戦を任務とする護衛艦は弾薬重量の観点から見ると各国とも思いの外、重兵装だと言えよう。
反対に艦隊型駆逐艦や巡洋艦では弾薬の重量自体はさして重くないが発射する兵器の重量がかさむのじゃ。


前のページに戻る