発動機入門

以前、掲示板に発動機の事を色々書いたのでひとつ、まとめておこう。

発動機の基礎体力:
航空機の性能を表す指標として一般的に速度が用いられる。
そして速度を支える大きな要素として馬力がある。
だが馬力が大きければ必ずしも速力が高くなる訳ではない。
なぜならいくら大馬力でも空気抵抗が大きいと速度が高くならないからだ。
よって同馬力なら空冷より水冷の方が遙かに有利だし同じ空冷でも発動機直径(一般的には全幅でもある)の小さい方が有利になる。
とは言え馬力が大きいにこした事は無いのだから各メーカーは馬力の増大にしのぎを削る。
それでは発動機が大馬力を得る為にはどうしたら良いか?
まずは考えられるのは排気量の増大化だ。
発動機は燃焼室(シリンダー)で燃料と空気を爆発させ運動エネルギーを得る。
だからシリンダーを大きくするなりシリンダー数を増やすなりすれば簡単に排気量(燃焼室の総容量)は大きくなる。
大きくなるけど...
シリンダーを大きくしたりシリンダー数を増やしたりするのは「新型発動機を開発する事」と同じだからとてつもなく時間や経費がかかってしまう。
そこで排気量はそのままで馬力を増大化する事が考えられる。
大戦初頭、各国は1000馬力級発動機をひっさげて航空機開発に臨み排気量を変えないまま次々と馬力を増大させていった。
大戦初期の各国主要戦闘機発動機と排気量、離昇馬力を列挙してみよう。
日本:栄12型、27.9L、940馬力
英国:マーリン2、27L、1030馬力
米国:アリソンV1710−33、28L、1090馬力
独国:DB601A、33.9L、1050馬力
まあどれも同じ位の排気量だ。
排気量を変えないまま馬力を増大させるには...
排気量ってのは爆発の大きさなんだから爆発の回数を多くすれば良い。
つまり回転数を上げるのがひとつの方法だ。
DB601Aは排気量の割りに小馬力、アリソンは大馬力だがこれはDB601Aが2450rpm、アリソンは3000rpmだからなのである。
しかし回転数を上げるってのは強度などの問題があって、そう上手くはいかない。
おまけに回転数が向上しても馬力が増大しない事があるってのがミソだ。
次に考えられるのが過給器による性能向上。
発動機ってのはどの高度でも同じ馬力が発揮できる訳ではない。
高々度だと空気の密度が薄くなって馬力がでなくなる。
そこで空気を濃縮する過給器が装備されるのだがこれを高性能化するのが肝要。
他にも発動機を冷却して効率化を図る水メタノール噴射装置など新機軸が次々と取り入れられ馬力は次第に大きくなってゆく。
しかし幾ら技術革新を重ねても何時かは天井が見えてくる。
結局は排気量の増大化に取り組まなければならないのだ。
同じ程度の技術レベルなら排気量が大きい方が大馬力に決まっている。
かくして日本は栄から誉(35.8L)、ドイツはDB605(35.7L)、米国はR2800(45.9L)、英国はグリフォン(36.7L)に移行した。
排気量が30L前後だった頃、各国は技術革新を重ね約1000馬力を約1200馬力、約1500馬力へと増大化させていったのである。
排気量30L前後のままで。
だから1500馬力級発動機を実用化するのには時間がかかるのだ。
ちなみに1500馬力発動機が開発されたと考えるより30L発動機の出力が1000馬力から1500馬力に進化したと考える方が理解し易いと思う。
そして次に現れたのが2000馬力を発揮する上記の35〜45L発動機なのだ。

それでは過給器などによる馬力増大を自転車を例として説明しよう。
同じ人間が変速機の無い自転車と装備されている自転車に乗ったとする。
高速運転と低速運転では適正ギアは違うし平坦路と登り坂でも勿論違う。
高性能な過給器を装備している発動機とそうでない発動機とでは大きな差が生まれそれが馬力に反映されるのだ。
でもね...
幾ら高性能なギアを備えていても乗ってる人間が虚弱だったら自転車は大して速く走らない。
一般人が15段変速の自転車に乗りママチャリに乗った競輪選手に挑んでもてんで勝負にならないだろう。
でも急坂などでギアを最大限に使えば一時的には優位に立てる。
しかし一時的に優位に立ったとしても「俺は競輪選手に勝ったぞ」と言う事にはならない。
航空機も同じだ。
最大馬力や最高速度で凄い数値を出しても総合力で劣っては意味が無い。
すなわち最大馬力や最高速度は「ある一定条件下に於いて出された結果」に過ぎず排気量こそが発動機のポテンシャルを決定する指標となる。
まあ「排気量こそ大きいが馬力の出ない駄目発動機」ってのも実在するから「排気量の多寡で発動機の優劣を比較するのも?」だが...
言うなれば「この子はやればできるのよ!」って教育ママにお尻を叩かれても勉強しなければ結局は成績の上がらないのと同じである。
ポテンシャルばかり高くてもねえ...

さて次に「同一発動機は常に同じ特性を持つか?」を考えてみよう。
ここに別機体へ同一発動機を装備し比較した面白いデータがあるので紹介する。
日本陸軍が97式戦の採用にあたりテストした中島のキ27(全幅11.3m、全長7.53m、主翼面積18.56平方m、全備重量1410kg、翼面過重76、馬力過重2.07)と三菱のキ33(全幅11.0m、全長7.54m、主翼面積17.8平方m、全備重量1460kg、翼面過重83,馬力過重2.15)がこれで双方とも中島ハ1甲(排気量24.1L、公称620馬力/2300rpm/3700m、最大745馬力/2500rpm/3300m、離昇710馬力:海軍名称寿2型:ただし公称を780馬力/2900mとする資料や離昇を570馬力とする資料、最大を680馬力/3500mとするなどもある)を装備していた。
結果(km/h)は以下の通りである。
       キ27 キ33
0000m  420 412
1000m  437 433
2000m  445 454
3000m  467 474
4000m  468 468
5000m  467 461
6000m  463 454
どう?
面白いでしょ?
同一発動機を装備していると言っても重量や翼面積、空気抵抗が違うから差がつくのは判るんだが同一発動機なのに最高速を記録したのがキ27は4000m、キ33は3000mなのだ。
更に4000mではイーブンなのに高々度、低高度だとキ27の方が速く2000〜3000mの中高度だとキ33の方が速い。
まったくもって面白い。
同じ発動機であっても機体が違えば微妙に結果が変わってくるのだ。


大事なのはシリンダー:
ごく当たり前の話だが発動機は燃料と空気を燃焼させ動力を産み出す。
この燃焼室がシリンダーで広ければ広い程、動力が大きくなる。
そしてシリンダーを放射線上に配置したのが空冷星形発動機でありクランクを主とした内部構造及びシリンダーを主とした外部構造によって構成される。
シリンダーは円筒形の燃焼室で一般的に内径をボア(前にシリンダーの直径と書いたが「内径」の方が正しい。以降はボアと呼ぶ)、長さをストロークと呼称する。
シリンダーの容積はボア÷2×3.14×ストロークであり発動機全体の排気量はシリンダー数×シリンダー容積となる。
火星の場合、ボアが150mm、ストロークが170mm、シリンダー数が14なので排気量は42.1リットルである。
なお14シリンダーエンジンを日本語では14気筒発動機と言う。
また日本海軍では同一サイズシリンダーを同一数、同一構造で装備した発動機を基本的に同一発動機名で呼称(例外として寿3型があるので全てではない)する。
米国も大体、同じである。
ドイツのエンジンはメーカー名+ナンバーで表記されるが同一シリンダーかつ同一排気量であってもナンバーの異なるケース(DB600とDB601など)が散見される。
英国も大体は「同一排気量なら発動機名が同じ」と言えるが「マーキュリーとパーシュース」の様な例外も見受けられる。
一番厄介なのは日本陸軍だ。
例えば三菱の火星の場合、プレイヤー諸氏も御存知の様に強風が装備した13型(離昇1460馬力)や雷電21型の23型甲(離昇1800馬力)、天山12型や極光の25型(離昇1850馬力)、1式11型の11型(離昇1530馬力)など様々な型式があるがこれらは同じシリンダーを同じ数だけ装備しているので排気量は全て同じなのだ。
発動機名称が火星なのだから一目瞭然である。
ところが火星とほぼ同じ目的で開発された中島のハ5改(離昇950馬力:97式重爆1型が装備)、ハ41(離昇1250馬力:2式単戦1型や100式重爆1型が装備)、ハ109(離昇1500馬力:2式単戦2型や100式重爆2型が装備)が同一シリンダーで同一数装備、同一排気量なのに発動機名が別なのだ。
把握しづらくて困ってしまう。
よって以降は日本海軍や米国流の呼称で解説するとしよう。
さて、同一サイズシリンダーを同一数装備した発動機は同一発動機だがシリンダー数を変えた場合はどうなるのであろうか?
これは「別の発動機だが同系列」と考えられる。
ちなみに空冷星型単列発動機のシリンダー数は奇数が基本(偶数だとピストンが同時に上死点と下死点に存在し故障の原因となる為)だがむやみにシリンダー数を増やすと発動機直径が大きくなり構造も複雑化してしまう。

よって空冷星型単列発動機のシリンダー数は大抵7もしくは9なのでありシリンダーが11や13になるのは現実的でない。
ちなみに日本初のオリジナル国産量産型航空機用発動機である寿(排気量24.1L)はボア146mm、ストローク160mmでシリンダー数は9であった。

排気量を増大させる手段にはシリンダー数を増やす以外にシリンダーサイズを大きくすると言う手もある。
第2次世界大戦時、諸列強が軍用機用に量産した星型発動機のシリンダーでもっとも大きかったのは日本の光でボア160mm、ストローク180mmであった。
これは量産された軍用機用星型発動機としてはボアで世界最大、ストロークで英のペガサスに次ぐ2位であり9気筒ながら排気量が32.6Lもあった。
ただしボアを大きくするとシリンダーの冷却効率が悪くなり高回転時に問題が生じてしまう。
「中島飛行機エンジン史」によると光で高回転実験をしたらかなりの障害がでたらしい。
加えてストロークが長いのも発動機直径が大きくなって空気抵抗が増すと言う欠点がある。
そこで中島は160mm×180mmシリンダーに見切りをつけ光の後継たる爆撃機用大型発動機としては新たにボア155mm、ストローク170mmの新型シリンダーを採用する事にした。
これが護である。
え?
シリンダーが小さくなったら排気量が減ってしまうんじゃないかって?
大丈夫、シリンダー数が14になり排気量が44.9Lに増えたのだ。
むやみにシリンダーを大きくするよりシリンダー数を増やした方が効果的なのである。
ここで「あれ?14は偶数だし11気筒以上は非現実的じゃないの?」との疑問が湧いてくるかも知れない。
心配ご無用。
寿や光は単列星型だったから偶数や11以上は御法度だったが護は1列7気筒を二つ繋げた複列発動機なのである。
複列化する事により各メーカーの発動機排気量は飛躍的に増大した。
かくしてシリンダーサイズを変えないまま各発動機は多気筒化により進化していく。
すなわち寿の14気筒化がハ5及びその改良型たるハ41と109で排気量は全て37.5Lであり18気筒化がキ87高々度戦やキ94高々度戦に装備されたハ44(48.2L)となったのである。
第2次世界大戦中、日本陸海軍の主要軍用機(練習機などを除く)が装備した空冷発動機のシリンダータイプと気筒数:排気量をちょっとまとめてみよう。
ボア×ストローク
1:140×130 瑞星(14:28.0L)
2:140×150 金星(14:32.34L)、ハ43(18:41.6L)
3:150×170 火星(14:42.1L)、ハ42(18:54.1L)
4:146×160 寿(9:24.1L)、ハ5系(14:37.5L)、ハ44(18:48.2L)
5:130×150 天風(9:17.91L)、栄(14:27.9L)、誉(18:35.8L)
6:160×180 光(9:32.6L)
7:155×170 護(14:44.9L)
見て判る通り1,2,3は三菱、4,5,6,7は中島の発動機である。
何故、両社が幾つものシリンダーを開発したかと言うのは用途が異なる為だ。
排気量は大きいが空気抵抗も大きい火星やハ5系は爆撃機用、その逆の栄や誉は戦闘機用であった。

更に大事なのはストローク:
空冷発動機ではシリンダーの数値の中でもストロークが大きな意味を持ち発動機の性格を表す。
ストロークが長ければ排気量が大きくなる反面、発動機直径が太くなって空気抵抗が増し短ければ小排気量かつ小空気抵抗となる。
つまり大馬力を要する爆撃機用と高速を要する戦闘機用が明確に分化する訳だ。

空冷発動機の排気量とストロークサイズ及び発動機直径比較:
        排気量    ストロ 直径mm
瑞星      28.0   130 1118 
金星      32.3   150 1218 
ハ43      41.6   150 1230 
火星      42.1   170 1340 
ハ42      54.1   170 1370 
天風      17.9   150 1208 
栄_      27.9   150 1150 
誉_      35.8   150 1180 
寿_      24.1   160 1290 
ハ5      37.5   160 1260 
ハ44      48.2   160 1280 
護_      44.9   170 1380 
光_      32.6   180 1360 

見ての通りストロークが長い発動機は発動機直径が大きい。
しかし...
誉とハ43はストロークが等しいのに発動機直径はハ43の方が50mm大きい。
これは何を意味するか?
ハ43は誉に比べクランクを中心とした内部設計に余裕があるのではなかろうか。
誉は整備性の悪さや低稼働率で悪名を馳せた。
そして誉の数々の欠点(混合気の配分問題や軸受破損、出力低下、配線燃焼など)のうち幾つかは時間と共に解決されていったが「根本的要因」による欠陥は何時までも残り続けた。
新型発動機が順調に動く様になるまでにはそれなりに時間がかかる物である。
「確かに誉は欠陥だらけだったがハ43の欠陥が露呈しなかったのは量産されなかったからだ。もしも量産されていたら誉同様、欠陥だらけだったに違いない。」と断じる人士もいる。
だが果たしてそうだろうか?
仮定論に過ぎないが「そうでもないんじゃないか?」と僕は思う。
同じ18気筒発動機ながら三菱のハ42は誉ほどの悪評は聞かない。
その三菱が手がけたハ43だ。
それなりにノウハウも蓄積されているだろう。
加えて前述した50mmの余裕がある。
誉は中島が技術の粋を尽くして造り上げた小型大馬力発動機だ。
たった排気量35.5Lなのに2000馬力もでる。
45.9Lで2000馬力の米R2800とは大違いだ。
凄いもんだなあと本当に思う。
ただし性能が凄い代わりに構造が緻密で整備時に隙間が狭くて指が入らなかったり配線が加熱部分に当たると焼け焦げてしまったり「整備員泣かせの困ったちゃん」でもあったらしい。
50mmの余裕が実際、どの程度の影響を及ぼすのか今となっては判らない。
でも「どうせハ43だって駄目に違いない。」と決めつけられないと僕は思う。
なお各発動機の正面面積を比較すると誉(109)、ハ43(118)、R2800(141)になる。
R2800程、余裕だらけでなくともハ43くらいの余裕はあって然るべきなのではなかろうか?
戦時量産発動機としては。

発動機名称の問題:
零戦21型が装備した発動機は栄12型(正式な海軍名称はNK1C)である。
1式戦1型が装備した発動機はハ25である。
この発動機は双方とも中島製でほぼ同一である。
ただし陸海軍で若干仕様が異なる為、完全な同一では無いらしい。
零戦22型が装備した発動機は栄21型(NK1F)である。
1式戦1型が装備した発動機はハ115である。
この発動機は双方とも中島星でほぼ同一である。
ただし陸海軍で若干仕様が異なる為、完全な同一では無いらしい。
これでは不合理極まりない。
第一、陸軍式だと発動機の系列がうまく把握できない。
よって陸海軍統合呼称が制定されるに至った。
かくして栄12型はハ35−12型、栄21型はハ35−21型と呼称される様になったのである。
なんの事はない。
「栄」の一文字が「ハ35」の三文字になっただけだ。
天風(統合名称ハ23:旧陸軍名称ハ13)、瑞星(ハ31:ハ26及びハ102)、火星(ハ32:ハ101及びハ111)、金星(ハ33:ハ112)、BH(ハ44:ハ219)、誉(ハ45:同左)、熱田(ハ60:ハ40及びハ140)も同じである。
また元々、海軍で通称の無かったハ41とハ109はハ34になりハ104はハ42、ハ211はハ43となった。
つまり統合呼称を要約すると単列星型がハ23、複列星型14気筒がハ31〜35、複列星型18気筒がハ42〜45、水冷がハ60となる。
だがちょっと考えてみて欲しい。

旧陸軍発動機呼称にハ23〜60までのナンバーが無ければ問題はない。
だが既に多くの発動機がこの範囲に割り振られていたのだ。
100式司偵や99式襲撃機が装備したハ26、3式戦が装備したハ40、100式重爆や2式単戦が装備したハ41などである。
よって紛らわしい事このうえなかった。
統合名称の複列星型18気筒が42から始まるのはせめて41を外し混乱を少なくする為の措置であろう。
それにしても....
どうせ混乱を防ぐのなら統合名称に「ハ」なんて付けないで欲しかった。
僕としては当掲示板来訪者諸氏が混乱しない様にできるだけ誉、栄など通称で表記しそれが出来ない物についてはなるべく統合名称で表記するつもりでいる。
ちなみに統合呼称のハ50番台は複列22気筒や4列28気筒、4列36気筒などのオバケ試作発動機が跋扈するバケモノ屋敷であった。

多気筒化の障害:
ボアを大きくすれば高速回転時にうまくシリンダーを冷却できなくなる。
ストロークを大きくすると発動機直径が大きくなり空気抵抗が増加する。
かくして空冷発動機は複列化し14気筒もしくは18気筒への道を歩んだ。
ところが...
この多気筒化への道は平坦な道ではなかった。
14気筒は割とスンナリ実現化できた。
栄にしてもハ5系にしても。
米のR1830や独のBMW801、ソ連のシュベツォフM82も同様だ。
だが18気筒化はそう簡単には行かなかった。
大体、大戦中に1000基以上量産され実戦で使われた空冷18気筒発動機は誉とハ42及び米のR2800とR3350(B29が使用)の4種に過ぎない。
なんと英独ソの3列強ですら空冷18気筒をモノにできなかったのである。
(モノは言いようだ。高性能な水冷発動機で音に聞こえた英独にとって空冷18気筒はさして必要では無かったとも言える。)
全ての空冷星型18気筒が難産だった訳ではないが誉は特にツワリが酷かった。
米製R2800の77%しかない排気量で同等の2000馬力を叩き出し、なおかつ抵抗面積もまた77%のコンパクト設計!
これでどっか問題がなけりゃどうかしている。
まあ、問題の中には時間さえあれば解決できるモノも幾つかあったしそうでないモノもそれなりにあったが...
さて、日本は負けたので1945年8月15日を境に航空機用発動機の開発は「もう考えなくて良い事」になったが勝った側には「その後」が控えていた。
どうあっても出力及び排気量の増大を図らねばならなかったのである。
よって既に18気筒化をやり終えた米に続き英ソも空冷複列18気筒の実用化へ乗り出す。
「英は良質な水冷があるから空冷なんて要らないじゃない。」と言うなかれ。
水冷は水冷で頭打ちとなる事情がかいま見えてきたのだ。

かくして英国は空冷複列18気筒のセントーラス(53.6L)を量産(開発自体は戦前から始まっていたが実用化及び量産化は戦後になった)しファイアブランド、ブリガンド、バッキンガム、テンペスト2、シーフューリーなどの機体に次々と装備していった。
ただしこれらの機体はどれも1000機未満しか生産されていない。
英国としては同盟国に米国がいるんだもの。
「とりあえず体面を保つ兵力」さえ維持出来れば無理をしてまで開発/量産しなくても良い。
それに比べソ連の方は深刻だった。
なにしろ何時、原爆を搭載したB29が飛来するか知れやしないのだ。
毒には毒をもって制す。
言い換えればB29に対抗するにはB29。
幸い大戦中、ソ連に不時着したB29がありソ連は早速、コピーした。
Tu4の誕生である。
でもB29が装備したR3350(離昇2200馬力)に匹敵する発動機が生産できなけりゃ機体だけコピーしたって張り子の虎だ。
さてソ連の空冷発動機の系譜を眺めてみよう。
ソ連製空冷発動機の源流はシュベツォフ設計局による米国のライト製R1820(9気筒:B17やSBD、F2Aなどに装備)のライセンス生産に始まる。
M25と呼ばれるこの発動機はI−15やI−16に装備されスペインやノモンハンなど世界各地で大活躍し改良型のM62やM63へと発展していった。
なおソ連の空冷発動機を彩るもうひとつの流れとしてツマンスキー設計局による仏グノーム・ローヌのライセンス生産と改良型があるのだが話がややこしくなるのでここでは触れないでおこう。
一方、米のライト社はR1820を14気筒化したR2600を開発、B25やTBF、SB2Cなどに装備され爆撃機用発動機として発達していった。
これは戦闘機用としてはストロークの短いP&WのR1830(14気筒)やR2800(18気筒)があったからである。
そしてR2600の後継となる18気筒空冷発動機がB29に装備されたR3350であった。
ソ連だっていつまでも9気筒で我慢しているつもりはない。
だが14気筒化に際しソ連が歩んだ道はR2600のライセンス化ではなくM63の14気筒化であった。
M82と命名されたこの発動機はLa3やLa5、Tu2用として1940年から70000基以上も生産された。
これを更に18気筒化したのがASh73である。
よってR1820の孫であるR3350とM25(R1820のライセンス版)の孫であるASh73はイトコ同士にあたり構造上、多くの類似点が見られた。
これをTu4(B29の無断コピー)に装備するのだからくっつかないはずはない。
ただしソ連内における空冷18気筒化の開発は艱難辛苦を極めM70、M71、ASh72と試作が繰り返されASh73になってようやく量産化のめどがたった。
それだけではない。
ASh73にはR3350には付いている排気タービンが無く燃料供給はキャブレター式であった。
つまりTu4はB29と外見はそっくり馬力は同等であったものの高々度性能が劣り故障も頻発するデッドコピーだったのである。
もっとも不時着で入手した米製R3350を解析し後日、ASh73にも排気タービンと燃料噴射装置がつけられる様になったが。
そしてその頃...
米軍は既に6発戦略爆撃機B36の戦力化を着実に進めていた。
同機の発動機はP&W製R4360(71.5L)で空冷4列28気筒であった。
だがこの発動機を頂点とし空冷星型発動機の多気筒化は終焉を迎えた。
もしターボジェットやターボプロップが実用化されなければ空冷4列発動機が主流となる事があり得たかも知れない。
しかし「全シリンダーを均等に冷やさなければならない」と言う宿命をレシプロ発動機が持つ以上、冷却の複雑な空冷4列は整備性に於いてターボジェットやターボプロップに太刀打ちできなかったのである。
なおこれら戦後の航空機並びに発動機開発には東西対立が背景にあった。
連合軍諸国は事と次第により本気で「3回目」をやるつもりだったのだ。
1949年8月29日(ソ連初の核実験)までは。
でも共倒れになっては元も子もない。
以降、正面決戦はタブーとなりダモクレスの剣の下で繰り広げられるポーカーはカードがオープンされないまま1991年12月26日(ソ連崩壊の日)までレイズされ続けていった...

米国:
まず米軍の大戦中における主要な実戦用航空機と装備発動機をまとめよう。
米軍が使用した発動機の種類は意外と少ない。

R1830装備:P35、P36、B24、C47、PBY、F4F、TBD
R2800装備:P47、P61、B26、A26、F6F、F4U、F7F、F8F
R1820装備:B10、B17、B18、F2A、SBC、SBD、F4F8
R2600装備:A20、B25、P70、B23、SB2C、TBF
R3350装備:B29
V1710装備:P38、P39、P63、大部分のP40
V1650装備:P51、少数のP40
ねっ、たった7種類(それも自国開発は6種類)でほとんどの米軍機が網羅できちゃうでしょ?
しかもR3350はB29専用、V1650はP51専用みたいな物だから米軍の発動機はR1830、R2800、R1820、R2600、V1710の5種類だけ気にしていれば良いのだ。
さてそれではメーカーと気筒数及び排気量から。
RとかVとか付けられて4ケタの数字を並べられると暗記力の弱い人間はひるむ。
だけど心配ご無用!
この数字にはちゃんと意味がある。
Rは空冷、Vは水冷を表し4桁の数字は排気量(ただしメートル法ではなくインチ法)を表す。
更にサブタイプとして末尾に数字とアルファベットが付いてF6F5の装備発動機だと「R2800−10W」となる。
なお末尾の数字が偶数だと海軍用、奇数だと陸軍用となりWは水エタ噴射装置付きである事を示す。
上に挙げた7種類の発動機はR1830(14気筒)とR2800(18気筒)はP&W、R1820(9気筒)とR2600(14気筒)及びR3350(18気筒)はカーチス・ライト、V1710はアリソンによって開発された。
V1650はなんの事はない。
英ロールスロイスのマーリンを米の自動車メーカーであるパッカードがライセンス生産した物だ。
ちなみR1830はツインワスプ、R2800はダブルワスプとも呼ばれP&Wのワスプシリーズに属する。
これらの始祖はR1340(ワスプ)で他にもR985(ワスプジュニア)やR1535(ツインワスプジュニア)などの兄弟がいる。
まあこれらの装備機は練習機やOS2Uなどの水上偵察機、連絡機もしくはSB2Uなどの旧式機なので本文では取り上げない。
P&Wがワスプ一族ならライトはサイクロン一族(なんか仮面ライダーみたい)だ。
R1820はサイクロン9、R2600はサイクロン14、R3350はサイクロン18と呼ばれる。
面白いのは日本軍で早々に姿を消した9気筒発動機が米軍では大戦終結までB17に装備され頑張り続けた事だ。
各発動機の諸元を以下に示す。
なお大戦には間に合わなかったがB36に装備されたR4360(ワスプメジャー)も参考例として記載しよう。

発動機名   ボア*ストロークmm 排気量L
R1830 140*140      30
R2800 146*152      45.9
R4360 146*152      71.5
R1820 155*174      30
R2600 155*160      42.7
R3350 155*160      54.5
V1710 140*152      28
V1650 137*152      27

気になる空冷発動機の直径はR1830が1222mm(1224mm説あり)、R2800が1342mm(1321mm説あり)、R4360が1372mm、R1820が1400mm、R2600が1397mm、R3350が1413mmで空冷としては一番排気量の小さいR1820の直径が一番大きい。
先ほど面白いと言った9気筒発動機がこれで米軍がカタログデータより信頼性、実用性、量産効果を重視していた事の証左と言えよう。
小直径空冷発動機に拘り続けた日本と対照的に思える。

英国:
前回同様、各発動機を装備した英軍機の紹介から...
ペガサス     ウォーラス、ソードフィッシュ、ハンプデン、ウェリントン
マーキュリー   ブレニム、グラジエーター、ライサンダー
パーシュース   スキュア、ロック
トーラス     ボーフォート、アルバコア
ハーキュリーズ  ボーファイター、スターリング、ハリファックス
セントーラス   ファイアブランド、テンペスト2、スピアフィッシュ
ケストレル    マスター
ペリグリン    ワールウィンド
バルチャー    マンチェスター、トーネード
マーリン     バトル、スピットファイア前期、ハリケーン、モスキート、
         ランカスター、デファイアント、フルマー、ホイットレー、
         バラクーダ、リンカーン
グリフォン    スピットファイア後期、ファイアフライ
レイピア     シーフォックス
セイバー     タイフーン、テンペスト1

こうして並べてみると米国ほど判り易くはないね。
でも御安心、順を追って説明すると意外とスンナリは把握できるから。
ちなみに英軍機の発動機は同一機種でもかなり変化するので注意されたい。
ランカスターの場合、基本的にマーリンだが2型だけはハーキュリーズ。
ハリファックスは3型、6型、7型などがハーキュリーズで他はだいたいマーリン。
ウェリントンは1型がペガサスで2型がマーリン、3型がハーキュリーズ、4型が米製P&WのR1830。
とまあこういった次第なので...
さて上記の発動機だがまず最初に英国の発動機メーカーはブリストル、ロールスロス、ネイピアの3社である事を覚えて頂きたい。
次にブリストルは空冷、ロールスロイスとネイピアは水冷と覚えよう。
最後に上記のペガサスからセントーラスまでがブリストル、ケストレルからグリフォンまでがロールスロイス、レイピアからセイバーがネイピアと覚える。
これでもう大丈夫。
えっ大丈夫じゃないって?
そりゃそうだ。
まだ「どの発動機がどんな経緯で開発されたか。」を解説してないんだから。
最初に各発動機の冷却方式と気筒数、ボア、ストローク、排気量を挙げよう。

ブリストル  ジュピター    空9   146*190  28.7L
       ペガサス     空9   同上
       マーキュリー   空9   146*165  24.8L
       パーシュース   空9   同上
       ハーキュリーズ  空14  同上       38.7L
       トーラス     空14  127*137  25.4L
       セントーラス   空18  148*178  53.6L
ロールス   ケストレル    水12  127*140  21.0L
       ペリグリン    水12  同上
       バルチャー    水24  同上       42.0L
       マーリン     水12  137*152  27.0L
       グリフォン    水12  152*168  36.7L
ネイピア   レイピア     水16  89*89     8.5L
       セイバー     水24  127*121  36.7L

それでは空冷の総本山ブリストルから。
ブリストル製発動機の話はジュピターから始めねばならない。
第1世界大戦直後に生産開始されたこの発動機は瞬くうちに世界中に広がり各国航空機業界を席巻した。
ジュピターは単に輸出されただけではない。
ソ連ではM22としてライセンス生産(I−15やI−16の初期型に装備)され日本でも改良版が中島の寿(寿の「じゅ」はジュピターのジュ)として生産されたのである。
第2次世界大戦勃発時になると流石にジュピター本体は実戦機用発動機と呼べる存在では無くなっていたがその子孫が続々と生まれていた。
まずジュピターに過給器を装備したペガサス。
シリンダーのストロークが短くなり小型化(よって戦闘機向き)したマーキュリー。
マーキュリーを3バルブ化した改良型のパーシュース。
これを14気筒化し馬力を増大させたハーキュリーズ。
更にストロークの短い新シリンダーに換えて空気抵抗を減らしたトーラス。

ジュピターからトーラスへの流れはシリンダーの小型化とそれを補う為の気筒数増大及びバルブや過給器など周辺機器の改良につきる。
よって排気量自体は最初のジュピターに比べ重爆用のハーキュリーズだって10Lしか増えていないしトーラスに至っては減っているくらいだ。
日本に於いて寿(24.1L)の後継たるハ5系(37.5L)が大排気量となったのと大きく違う。
もっとも排気量=馬力ではないので英国技術力の真価を表す好例とも言えるが。
なおブリストル製空冷発動機の最終決定版はシリンダーのボア、ストロークを共に先祖返りの様に長大化しあまつさえ18気筒化したセントーラスであった。
セントーラスの排気量は日本のハ42(4式重爆)や米のR3350(B29装備)に匹敵する53.6Lに及ぶ。
ただし第2次大戦はセントーラス装備機が実戦参加する事なく終わった。
要するに間に合わなかったのである。
空冷発動機にとって気になる直径だがトーラスが1170mm、マーキュリー系が1307mm、ハーキュリーズが1320mm、セントーラスが1405mm、ペガサス系が1405mmだ。

     146*190 146*165 127*137 148*178
9気筒  ジュピター
過給器  ペガサス    マーキュリー
3バルブ         パーシュース
14気筒         ハーキュリーズ トーラス
                             セントーラス

さて次に英国製水冷発動機に話を進めよう。
空冷ブリストルのジュピターに相当するのが水冷ロールスロイスのケストレルだ。
ケストレルはシリンダーサイズ127*140、排気量21Lの12気筒水冷V型発動機で1927年から生産され始めた。
出力は当初、450馬力だったが次第に改良が加えられ745馬力にまで向上している。
ちなみに「紅の豚」(アニメではなく原作マンガの方の話。)で性能向上後のサボイアS21戦闘飛行艇が装備したのもケストレルである。
さてケストレルに過給器を装備したのがペリグリンなのだがロールスロイス社はここで大きな賭にでた。
ペリグリンは所詮、ケストレルの改良型に過ぎず大した性能向上は期待できない。
次の大きなステップアップが排気量増大でありそれにはより大きなシリンダーを開発するか気筒数を増やすしか方法が無いのは明白であった。
かくしてロールスロイス社はX型24気筒発動機の開発に着手するに至った。
X型とは倒立V型12気筒発動機の上に通常のV型12気筒発動機を結合させ合計24本のシリンダーで1枚のプロペラを駆動する発動機の事である。
2基のペリグリンを結合するのだから排気量は42Lにも及ぶ。
大排気量に比例するが如く大きな期待を寄せられたこの発動機はバルチャーと命名され大戦勃発直前の1939年8月に審査を終えたのだが...
残念ながら生産性が悪く故障も頻発しついぞモノにならなかった。
よってバルチャー装備を予定された航空機は次々と他の発動機への変更を余儀なくされたのである。
だがロールスロイスはバルチャーだけに全てを委ねていた訳ではなかった。
前述した様に多気筒化が無理ならば大きなシリンダーを開発すれば良い。
ロールスロイス社はバルチャーの開発と並行し137*152の新シリンダーを使用した12気筒水冷V型発動機「マーリン」(排気量27L)の開発も進めていたのである。
バルチャーは一挙に排気量の2倍化を狙う画期的発動機であったがその分、重量及びサイズも大きく当時の航空機にとって使い勝手の良い発動機では無かった。
もし問題点が解決したとしても実用的発動機となりえたか疑問に感ずる。
それに比べマーリンは誠に手頃な発動機で信頼性も高かった。
前記した表中でマーリン装備の航空機を見て頂きたい。
英国が誇る傑作機(中には傑作と呼べないのも散見されるが)がズラリと並んでいるから。
それだけではない。
他の発動機を装備した機種として記述した中にもウェリントン2型、ボーファイター2型、ハリファックス各型などマーリン装備の派生型が多岐に渡る。
ライセンス型も入れればP40やP51、果ては戦後にスペインで生産されたBf109にもマーリンが装備された。
これ程、マーリンが長く広く使用され続けたのはロールスロイス社によるたゆまぬ技術革新(特に過給器設計のスタンレー・フーカー)と改良があったからに他ならない。
スピットファイア1型や2型、ハリケーン1型が装備した初期型のマーリンは1段1速過給器だったがハリケーン2型のマーリン20では1段2速となり、スピットファア9型に装備されたマーリン61では画期的な2段2速過給器となった。
2段2速とは2基の過給器を装備し1段目で圧縮した空気をインタークーラーで冷却し2段目の過給器で再圧縮する装置である。
これによりマーリンは排気タービンに匹敵する程の高々度性能を発揮できた。
更に一段ながら特定高度では圧倒的な出力を発揮できるタイプも多数ありマーリンのバリエーションはとてつもなく広かった。
だがマーリンとていつかは廃れる。
これを見越してロールスロイスが開発したのがグリフォンである。
グリフォンには新しく152*168シリンダーが採用され排気量は36.7Lに増大している。
グリフォンを装備したスピットファイア14型は大戦末期、大いに活躍したが同機は「史上最良のレシプロ戦闘機」とは呼ばれずその名はマーリン装備(正式にはパッカード)のP51に冠された。
この事をもってしてもマーリンが不世出の名発動機であると伺い知れよう。
だがマーリンとグリフォンが「英国製水冷発動機のすべて」であった訳ではない。
他にも水冷発動機があった。
足を引っ張る存在に過ぎなかったが...
ネイピアは元来、1808年に設立された印刷機メーカーである。
その後、まあ色々あったらしくて20世紀初め頃には自動車メーカーになっていた。
自動車の次は海だ。
船舶発動機の分野でもネイピアは大いに販路を広げる。
ついで第1次大戦が勃発するとネイピアは航空機用発動機の開発にも乗り出した。
ここでもネイピアはそれなりに成果を挙げる。
ネイピア製発動機の特色は独自性で他社に比べ非常にシリンダー数が多かった。
シーフォックスに搭載されたネイピア製のレイピアなど16気筒である。
えっ?
じゃあ、さぞかし排気量が大きく大馬力だろうって?
とんでもない。
排気量はたった8.5L、出力も僅か395馬力である。
その理由は...
極端にシリンダーが小さいのだ。
89*89しかない。
レイピアはこれをH型に配置した空冷発動機なのである。
ここで発動機のシリンダー配列と冷却方式をおさらいしよう。
まず冷却方式だがこれには空冷と水冷(近年は液冷と呼ぶ場合が多く冷却剤によって水冷と液冷を区別する場合もある)がある。
そしてシリンダー配列には直列、星型、V型、X型、H型などがある。
また星型と言っても単列や複列、更には3列、4列がありV型にも正V型と倒立V型、H型にも正Hと横H(日本語ではエと表示した方が判りやすい)がある。
ゴチャゴチャしてきた?
まあ簡単に言うならば「如何にしてシリンダーで発生したエネルギーをクランクに伝えるか?」と言う事と「如何にしてシリンダーを冷やすか?」なのだ。
当たり前の話だが全シリンダーは均等に冷却されねばならない。
これを空気で冷やすとなると基本的には星型とならざるをえない。
なぜならプロペラ軸線に対しズラリとシリンダーが並ぶと1本目は冷やせても2本目以降は順次、冷却効率が悪くなるからだ。
星型にしても複列はちょっとばかり工夫が必要でありそれ以上となると大いに難しい問題が発生する。
V型は大部分が12気筒であり上に開いた形で左右6本ずつのシリンダーが配置される。
英のマーリンやグリフォン、米のアリソンに独のBMW6及びこれをライセンス化し発達させた日本のハ9系やソ連のミクリンM17系、フランスのイスパノスイザ12Y及びこれをライセンス化したソ連のクリモフM100系などがV型で皆、水冷だ。
倒立V型はV型の亜流と言うべき発動機でシリンダーが下に開いている。
独のDB600系(言わずと知れたハ40系とアツタそれにイタリアのRA1000なども含む)とユモ211系などが倒立V型でこれまた皆、水冷12気筒。
バランスのとれた発動機を設計するとなると水冷V型12気筒(倒立も含む)か空冷星型に行き着くのがセオリーらしい。
所が世の辞書には「アマノジャク」と呼ばれる単語が存在する。
ここで登場するのがH型発動機だ。
さてH型だがこれは前面から見ると直立した上向き2本、下向き2本の計4本がプロペラ軸線上に連なったシリンダー配列で前回紹介したX型に似て無くもない。
レイピアの場合は16気筒だから4列だ。
面白いのはレイピアが星型で無いのに空冷である事だ。
レイピアの設計陣としては「ちっちゃいシリンダーを多数配列すれば面倒な冷却装置を省ける」と考えたらしい。
確かにレイピアのシリンダーは小さい。
当時、英海軍航空機として最も多く生産されたソードフィッシュが装備したペガサスのシリンダー(146*190)に比べると容量が1/6に過ぎなかった。
よって最前列はよく冷えたであろう。
だが後列はどうであろうか?
結局の所、レイピアではオーバーヒートが頻発したらしくフェアリー社の水偵シーフォックス(総生産機数64機!)くらいでしか搭載されていない。
太平洋戦記2のシーフォックスの画像を良くご覧頂きたい。
機首の上側と下側の2カ所に排気ダクトが描かれているでしょ?
これがH型発動機であるゆえんだ。
ネイピアはレイピアの他にもちょいとばかりシリンダーを大きくし24気筒化した空冷24気筒H型発動機ダガーを開発したがこれまた評判が宜しくない。
それでもH型にこだわり続ける所がジョンブル的で興味深いよね。
次にネイピアが送り出したセイバーでは無理な空冷を諦めて水冷化し反対にシリンダーを127*121に大きくした。
更に配列がHはHでもシリンダーを横に並べた横Hとなっている。
最初にセイバーを装備したのはホーカー社のタイフーンだがここで故障が大頻発した。
セイバーそのものが問題児だったうえタイフーン自体が呆れかえる程の欠陥品。
充分な時間をかけ試作機の段階で問題を排除できれば良かったのだが見切り発車で量産指示を出した為、実戦部隊で事故が続出、とんでもない事態が巻き起こったのである。
初期生産期142機中、135機で事故が発生し量産開始後9ヶ月間は戦闘による損耗より事故による損耗の方が多かった。
おまけにセイバーは1段2速過給器だったのでマーリンに比べ高々度で性能ががた落ちになった。
作ったネイピア社はどうなったかって?
なんと1942年、イングリッシュ・エレクトリックに吸収合併され134年の歴史を閉じてしまった。
まあ当然の帰結であろう。
なおセイバーは問題児ではあったが調子が悪く無ければ絶大な能力を発揮した。
スピットファイア14型が装備したグリフォン65型の排気量はセイバーと同じ36.7Lで出力は2035馬力であった。
それに比べテンペスト5型(タイフーンの後継機)が装備したセイバー2Bの出力は2420馬力に達したのである。
ちなみにシーフォックスではオシャレな横二列だった排気ダクトはタイフーンでは一般的な横一列となった。
横H配列なら機首上面に二列、下面に二列となりそうだがそんな変則的な形状にはならず上列と下列が結合されて横に向かい機首横一列となったからである。
最後にひとつ申し添えて置くと水冷24気筒X型発動機バルチャーでコケたロールスロイスは戦後、水冷24気筒横H型発動機イーグルを開発し見事、実用化させた。
だが既に時代はジェット化に向かっておりごく少数が生産されたに過ぎなかった。

ソ連:
1920年代のソ連は内戦によって科学技術の水準が地に落ち、全ての分野で外国から技術習得せねばにっちもさっちも行かない状態に陥っていた。
発動機もまた然りである。
ここで最初にライセンス化されたのは英の空冷発動機ジュピターでM22と命名された。
ついで4つの設計局が4種の外国製をライセンス化しそれらを改良しながらソ連航空機用発動機の歴史が幕を上げた。

それではソ連製発動機を「量産化されなかった物」も含めて概括しよう。
ミクリン設計局が手がけたのは独のBMW6(水冷V型12気筒:160*190:Do17爆撃機に装備)でM17として制式化された。
これを改良したのがM34、AM35、AM38、AM39(過給器が2速化)、AM42である。
クリモフ設計局は仏のイスパノスイザ12Y(水冷V型12気筒:150*170:D52O戦闘機やMS406戦闘機に装備)でM100として制式化された。
改良型のM103を経て、次のM105ではボアが148mmに変更され過給器も2速となった。
ボアを変更したのは同軸機銃を装備する為でありYaK系戦闘機が本発動機を使用し続ける重要な要素となった。
その後、VK107も開発されたが戦力化は戦後まで遅れた。
シュベツォフ設計局は米のR1820をM25としてライセンス化(若干サイズを変更)し改良型として過給器を2速したASh62を産み出した。
更にこれを14気筒化したのがM82(155*155の新シリンダー)、18気筒化したのがASh73(155.5*170の新シリンダー)である。
ツマンスキー設計局は仏のグノーム・ローンK14(空冷星型14気筒:146*165:ファルマンF222重爆に装備)をM85としてライセンス化しM86、M87、M88(2速過給器付)と発展させた。
大戦中のソ連発動機はこの4つの流れによって構成されている。
ちなみに各発動機の名称は当初、全てM+ナンバーだったが大戦中に命名基準が変わり設計局の名称が冠される様になった。
ナンバーは30番台がミクリン系、60番台が空冷星型9気筒、70番台が空冷星型18気筒、100番台がクリモフ系の様だが80番台が空冷星型14気筒とツマンスキーで折半されておりいまいち判然としない。
それでは各発動機を装備した主なソ連軍航空機を列挙しよう。

ミクリン:
M17   TB3
M35   MIG1、3
AM38  IL2
AM42  IL10

クリモフ:
M100  SB2初期型
M103  SB2後期型
M105  Pe2、LaGG3、YaK1、3、9

シュベツォフ:
M25   I−15初期型、I−16初期型
ASh62 I−15後期型、I−16後期型
M82   Su2後期型、Tu2、La5、7
ASh73 Tu4

ツマンスキー:
M87   IL4初期型、Su2初期型
M88   IL4後期型

次は各発動機のシリンダーサイズと排気量。

M17   水12  160*190  46.9L
M35   水12  同上
AM38  水12  同上
AM42  水12  同上

M100  水12  150*170  36L
M103  水12  同上
M105  水12  148*170  35L

M25   空9   155*174  30L
M82   空14  155*155  40.9L
ASh73 空18  155*170  58.1L

M87   空14  146*165  38.7L
M88   空14  同上

水冷のミクリンが終始、シリンダーサイズを変えていないのと空冷のシュベツォフがひっきりなしにストローク長を変えているのが印象的だ。
やはり空冷はストローク長次第で空気抵抗が大いに変わるからね。
そこで空冷発動機の直径を列挙するとM82が1260mm、M87系が1296mm、ASh73が1370mm、M25が1400mm。
ねっ、ストロークの短いM82はグッとサイズが小さくなるでしょ。
かくしてM82装備のLa5やLa7は傑作戦闘機の評価を得るに至ったのだ。

ドイツ:
それではまず最初に各発動機を装備した航空機を紹介しよう。

ブラモ323   Do17、Ju352、Fw200
BMW132   Ju52
BMW801   Fw190A、Ju88S、Do217、Me264
ユモ210    Bf109C
ユモ211    Ju87、Ju88A、He111P
ユモ213    Ju88G7、Fw190D
DB600    Bf110B、He111B
DB601    Bf109E、Bf110E、He111P
DB603    Me410、He219
DB605    Bf109G、Bf110G
DB610    He177

上記以外にも戦前量産された発動機として水冷V型12気筒のBMW6(160*190:46.9L)などがある。
BMW6はDo17の初期型(577機生産)に装備されており日本やソ連などでライセンス化ならびに改良型の開発がなされた。
さてBMW社であるが同社は第1次世界大戦時から連綿と続いた伝統ある水冷V型発動機メーカーであった。
だが第2次世界大戦時、独の水冷発動機はDB(ダイムラー・ベンツ)及びユモ(ユンカース)の倒立V型に席巻されBMW社はもっぱら空冷星型発動機を生産していた。
その基本となるのがBMW132だがこの発動機は米P&W製R1690ホーネット(空冷星型9気筒:ワスプ一族の遠縁の叔父さんにあたる)をライセンス化し改良した物で主としてJu52輸送機に装備された。
Ju52は5000機近く生産され各機が3基のBMW132を装備していたのだからその総数は結構な数字になる。
ドイツの実戦機用発動機メーカーはこれらBMW、DB、ユモ3社に集約される。
「んっ?ブラモは?」とか「ブラモって何?」って声が聞こえそうだ。
ブラモ323は元来、ジーメンス系のブラモ社が英ブリストル製ジュピターをライセンス化して改良した発動機でBMW132の対抗馬であった。
ただしブラモ社は1939年、BMWへ吸収合併されてしまい以降はBMW社がBMW323として生産した。
対抗馬なのだから性能は同じ様な物である。
ならばふたつ生産する必要はあまりない。
よってBMW323は発達せず生産数も少量にとどまった。
これに対しBMW132は複列化されBMW801(14気筒)となった。
ただしシリンダーサイズが変更されストロークが短くなっている。
ここが重要な点で大型機用発動機に限定されていたBMW132に比べ空気抵抗の少ないBMW801はFw190A戦闘機にも装備されたのである。
ちなみに発動機の直径はBMW801が1290mm、BMW323が1388mm、BMW132が1380mmであった。
さて、次は水冷。
独の水冷と言えば爆撃機用のユモと戦闘機用のDBが双璧だが両方とも水冷倒立V型12気筒で用途的に厳格な区分はされていなかった。
いや、それどころか「結果的に多くのDBが戦闘機、多くのユモが爆撃機に装備されただけ」であり意図的な区分(DBを優先的にメッサーへ配分したが)はされなかったと言えよう。
よってドイツ唯一の量産型戦略爆撃機のHe177はDB発動機を装備しているし大戦末期に量産されたFw190Dシリーズもユモ発動機を装備している。
さて独はDBとユモと言う「似たモノ同士の対抗馬」を抱え大戦に突入した訳だがここでドイツ製発動機に見られる幾つかの画期的技術革新を紹介しよう。
まず最初に倒立V型の採用が挙げられる。
V型水冷発動機はコックピット前面左右にシリンダー頂部があるので機首に機銃を装備する場合は空気抵抗が大きくなってしまう。
そこでドイツでは空気抵抗が小さいまま機首武装が可能な倒立配置が採用された。
ついで採用された2番目の技術革新としてボッシュ式燃料噴射装置が登場する。
これによりドイツ機には急動作状態であっても常に適正な混合気が供給される様になった。
一方、キャブレターで混合気を供給した英軍機はバトル・オブ・ブリテンで思わぬ苦杯を嘗める事になる。
3番目はトルクコンバーターの原型となるフルカン接手。
通常の過給器は特定高度で最高能力を発揮するのだがフルカン接手の採用により全高度で適正な能力を発揮できる様になった。
とは言えフルカン接手は排気タービンやインタークーラー付2段過給器に及ぶ物ではない。
どの過給器が高性能か一概には言えないのだがおおまかな処では一番優秀なのが排気タービン(米のP38やP47など)、ちょっと落ちて2番目が2段式過給器(英のスピットファイアや米のP51)、随分落ちて3番目がフルカン接手(独のBf109G)、更にもっと下って4番目が1段2速式過給器(日本の零戦52型や1式戦2型)、ずっと遅れて1段1速式過給器、最低なのが過給器なしとなる。
ただし1速式であっても高々度専用に設定された過給器は限定的ながらハイパワーだし2段であってもインタークーラーが無いと実質的には1段式と大差ない。
4番目の技術革新は一般的にニトロ噴射と呼ばれるGM1。
他国では発動機の冷却に水メタノール噴射が多用(ドイツにも水メタノール噴射のMW50があった)されたがドイツではこれに加え亜酸化窒素を噴射するGM1が開発された。
(丸の軍用機メカ10によるとGM1は300kg、MW50は140kgである。)
えっ?
亜酸化窒素なんて聞いた事無いって?
あれだよ、ホラッ、アレ!
歯医者に行くとやって貰えるキモチイイヤツ!
笑気ガスってヤツだ。
あんな「吸ったらヘロヘロ」になるモノをボンベで搭載するんだからドイツって国は・・・
もっともアルコールだって「呑んだらヘロヘロ」になるんだから同じか。
えっ?
アルコールでもメタノールは毒だから呑んじゃ駄目だって?
その通り。
でもね...
米軍の場合は水エタノール噴射装置(アルコール分40%だそうな)で「呑んでも大丈夫なアルコール」だったし日本軍も当初はメタノールじゃなくエタノールを使用していたらしい。
丸軍用機メカ12で中島飛行機発動機開発陣の水谷総太郎氏は「最初はエタノールで実験が行われた。エタノールと言えば戦時中、アルコール類に飢えていた飲み助達の垂涎の的だった。格納庫内も飛行機のタンクからエタノールが一夜のうちに消えてゆくのである。ところが前述のようにアンチノック材はエタノールに切りかえられた。」と記述しており「メタノールは猛毒だ。飲むな。と警告を貼り付けたが、何人かは納得ずくで失明していった。」と結んでいる。
失明された方が軍の整備兵なのか中島の社員なのか判らないがいたましい限りだ。
随分、話がそれた。
いずれにしても発動機の冷却装置には危険と誘惑が満載なのだ。
そう言えば水冷発動機の冷却剤(この場合はまさに水冷式では無く液冷式と書くべきだな)に使うジエチレングリコールも確か昔、ワインの混ぜモノで使用され大問題となったっけ。
いかん!
また脱線しそうだ。
どうも酒が絡むと話が止まらなくなる。

さてドイツ製発動機の技術革新として幾つかを紹介したがこれらは全て最初から導入された訳ではない。
トップバッターであるDB600(33.9L)とユモ210(19.7L)は双方とも燃料噴射装置を備えておらず過給器も1段1速式だった。
だがユモ210はDa型から2速化しG型からは燃料噴射装置が追加されるなど次第に改良されていった。
よって再軍備から間もない頃のドイツ空軍機ではユモ210が多く装備されたのだが僅か排気量20L未満ではろくに出力が出なかった。
そこでシリンダーサイズを大きくしたユモ211(35L)が開発されDBも燃料噴射装置やフルカン接手を備えたDB601を開発するに至った。
独の倒立V型が実用的な軍用機発動機となるのはDB601及びユモ211になってからなのである。
ちなみにダイムラー社は第1次世界大戦中にメルセデス発動機を量産した老舗だが1926年にベンツと合併しDBとなった。
ユンカースはドイツ航空機界の重鎮ユンカース博士が設立したメーカーで航空機と発動機双方を扱うドイツ航空界きっての名門であった。
ただしユンカース博士は1935年に死去しているので第2次世界大戦時のユンカース社にはあまり影響を及ぼしていない。
それでは「DB601系のその後」についてチャッチャと説明しておこう。
DB発動機の悲願は同軸火器の装備だったがBf109Eに装備されたDB601Aではどうにも上手くいかずDB109F1に装備されたDB601Nでやっとこさ20mmFF砲(エリコン製)が装備可能となった。
でもFF砲は口径こそ20mmなものの初速は遅いわ装弾数は少ないわでちょっと頼りないんだよね。
そこでF2からは15mmMG151砲(モーゼル製、航空機ファンの人にはマウザーと言った方がウケが良いか?)に改良されF4からは発動機はDB601E、火器は20mmMG151砲となった。
ここがDB601の最終到達点。
だが戦争はまだ終わらないしBf109の生産は続く。
かくして登場したのがDB601をちょっとだけボアアップしたDB605だ。
これにもサブタイプが色々あり同軸火器も色々あるが余りにもイロイロ有りすぎるので以後は省略。
ちなみにDB605をふたつくっつけたのがDB610で前述の如くHe177へ装備された。
こうしてDB600から続いた流れとは別に現れたのがDB603で双発機に使用された図体のでかい大排気量発動機であった。
さて続いてユモ。
イロイロ有って省略とあいなるユモ211に続き登場したのが同一シリンダーを同数装備した後継のユモ213。
これの特徴は環状ラジエーターを装備してFw190Dに装備された事だろう。
これでオシマイ。
結果として同一シリンダーを同一数備え同一排気量なら同一発動機と捉えるとなんとドイツの発動機はBMW132、323、801、ユモ210、211系、DB600系、603、605、610の9種に収まってしまうのだ。
しかもこれらのうちDB610はHe177専用だから除外、BMW132はJu52専用だから除外、ユモ210は戦前の試作機ばかりだから除外と考えると僅か6種に絞られる。
ここら辺が国家総力戦へ本格的に取り組んだゲルマン魂の発露なんだろうなあ。
最後にひとつ。
ドイツは同軸火器にこだわって水冷発動機を開発したが長期展望ではこれが裏目にでた。
同軸火器を装備できるのが水冷発動機の利点だがその為には発動機後方にスペースが無くてはならない。
そこでドイツ製発動機は発動機側面に過給器を設置したのだが...
英のマーリンが2段過給器を装備し大戦末期、高々度で排気タービンに負けない活躍をしたのにドイツが遅れを取ったのは「スペース的に2段過給器を装備できなかったから」なのである。
さっさと同軸火器に見切りをつけ2段過給器付DB605で米軍の高々度爆撃を護衛戦闘機ごと殲滅できれば戦局も大きく変わった事だろう。
もっとも同軸火器が無いとなるとBf109は「大空のサムライ」ならぬ「脇差のみのサムライ」になってしまう。
マーリンのスピットファイアやP51は翼にズラッと機銃を装備しているから問題ないだろうがBf109の小さな翼に機銃を付けるのは結構、思い切りが必要だ。
えっ、E型では翼に20mmを付けてたじゃないかって?
うん、僕もE型の発展型がレイアウトとしては良かったじゃないかって思ってるんだ。
素人の浅知恵かも知れないけど。

BMW132   空9   155*162  27.7L
BMW323   空9   154*160  26.8L
BMW801   空14  156*156  41.8L
ユモ210    水12  124*136  19.7L
ユモ211    水12  150*165  35.0L
ユモ213    上記同一
DB600    水12  150*160  33.9L
DB601    上記同一
DB603    水12  162*180  44.5L
DB605    水12  154*160  35.7L
DB610    水24  154*160  71.4L

しめくくり:
日本の主要発動機は16種だが、ここから旧式化していた寿と光、量産中止となった護、量産化が間に合わなかったハ43とハ44、練習機装備が主だった天風を除き「元が同じハ40と熱田」を統合すると「日本が大戦中、実戦機用に1000基以上量産した発動機」は瑞星、金星、火星、ハ42、ハ5系、栄、誉、ハ40の8種となる。
はてさてこの8と言う数を多いと見るか少ないと見るか...

まず各発動機を用途で分類するとしよう。
小馬力汎用空冷が瑞星。
小馬力戦闘機用空冷が栄と金星。
大馬力戦闘機用空冷が誉。
小馬力爆撃機用空冷がハ5系と火星
大馬力爆撃機用空冷がハ42。
外国製の水冷がハ40。
同一用途で栄と金星、ハ5系と火星が競合しているのみならず爆撃機の銀河に誉を装備してるので誉とハ42も競合してくる。
これに水冷のハ40から空冷の金星へ換装したケース加えると日本の発動機は競合ばかり目立つ。
競い合う事により洗練されるのは良いが疲弊してしまってはなんにもならない。
他国の例を見てみよう。
独は9種だが戦時中にあまり生産されなかったブラモ323やユモ210を除くとDBが4種、BMWが2種、ユモが1種で計7。
英は一面、多岐に渡る様に見えるがレイピアやペリグリンなど少数生産の物を除き同一シリンダーで同一気筒数の物を同系列統合化するとペガサス系、、マーキュリー系、ハーキュリーズ系、トーラス系、マーリン、グリフォン、セイバーの計7になる。
ソ連はミクリンとツマンスキーが各1種でクリモフとシュベツォフが各2種の計6。

米の場合、主要発動機はP&Wが2種でライトが3種、アリソンとパッカードの合計7だ。
用途で米国を見るとP&Wが小馬力戦闘機用空冷のR1830と大馬力戦闘機用空冷のR2800。
ライトが小馬力爆撃機用空冷のR1820、大馬力爆撃機用空冷のR2600及びB29用のR3350。
陸軍戦闘機用の国産水冷がアリソンで外国製水冷がパッカード。
R1830は戦闘機用だが爆撃機のB24にも装備されたし爆撃機用のR1820もF2Aなどの戦闘機に装備されたから、大戦初頭はいくばくの競合が見られたが大戦中期以降、大馬力発動機が主役になると綺麗に戦闘機用と爆撃機用に分化(B26やA26などの例外も若干あるが)している。
米国にはカーチス、ノースアメリカン、ロッキード、ボーイング、ベル、リパブリック、グラマン、ブルースター、リパブリック、コンソリデーテッド、マーチン、チャンスボートなど名だたる航空機メーカーが10以上もひしめいていたが発動機メーカーは僅かカーチス・ライト、P&W、アリソンの3社(マーリンの下請け生産をしたパッカードも含めれば4社だが開発能力はない)だけであった。
そして3社のうちカーチス・ライトだけが発動機メーカー兼航空機メーカー(P&Wもかつてはボーイングと合併していたが1934年に解体された)であり他は独立企業としてニュートラルな立場にいた。
ここが全発動機メーカーが航空機メーカーと一体化している日本との大きな相違である。
なお米国の場合、発動機メーカー兼航空機メーカーであるカーチス・ライトにしても自社製のライト発動機を身びいきしておらずP36にP&WのR1830、P40にはアリソンやパッカードの水冷発動機を装備している。
ただしライト発動機が基本的に大直径の爆撃機用だからと言う事もある。
よってカーチス.ライトもSBCやSB2Cなどの爆撃機には自社製発動機を装備している。
面白いのはカーチス・ライト社が爆撃機用発動機を生産しているからと言って爆撃機専門航空機メーカーになったりしない所だ。

他国での発動機メーカーと航空機メーカーの関係はどんなもんだろう?
独の発動機メーカー3社で航空機開発部門があるのはユンカースのみ。
でもユンカースの大看板であるタンテ(Ju52)はBMWの空冷発動機を装備しているのだ。

英でも発動機メーカー3社で航空機開発部門を擁しているのはブリストルのみ。
流石にブリストル製航空機の大部分はブリストル製発動機を装備しているが事情によってはボーファイター2型の様に他社製発動機を装備している。
どちらかと言うと英国の場合、発動機の供給量不足で変更を余儀なくされるケースが多かった。
ソ連の場合、発動機メーカー(設計局であって企業ではないからメーカーと言う概念からはずれるが)で航空機メーカー(これまた同じ)を兼ねている組織は存在しない。

ミクリン製発動機を装備したのはツポレフ、ミコヤン、イリューシン設計局、クリモフ製発動機を装備したのはツポレフ、ペトリャコフ、ラボーチキン、ヤコブレフ設計局、シュベツォフ製発動機を装備したのはポリカルポフ、スホーイ、ラボーチキン、ツポレフ設計局、ツマンスキー製発動機を装備したのはイリューシン、スホーイ設計局で大きな偏たりや癒着は見られない。
そりゃそうだ。
そんな事したらシベリアへ木を数えに行かされるだろう。

これら他国に比べ日本では発動機及び航空機の全用途で中島と三菱が張り合い競作合戦を繰り広げた。
これにより開発担当者の疲労を招いた弊害は大きい。
更に川崎が水冷にこだわり続け金星への換装が遅れた事が追い打ちとなって日本の発動機生産計画に破綻をきたしたと言えよう。


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