発動機の性能差は航空機の性能差に直結する。
ただし傑作発動機が存在する事は事実だが「帯に短し襷に長し」の例えの通り傑作発動機が全ての機体で万能な訳ではない。
また一部の機体に使用する目的のみで開発された特殊な発動機も数多く存在する。
第二次世界大戦に於ける航空機の発達には目覚ましい進歩があり、それを支えたのは発動機の進歩であった。
発動機の基礎体力:
航空機の性能を表す指標として一般的に速度が用いられる。
そして速度を支える大きな要素として馬力がある。
だが馬力が大きければ必ずしも速力が高くなる訳ではない。
なぜならいくら大馬力でも空気抵抗が大きいと速度が高くならないからだ。
よって同馬力なら空冷より水冷の方が遙かに有利だし、同じ空冷でも発動機直径(一般的には全幅でもある)の小さい方が有利になる。
とは言え馬力が大きいにこした事は無いのだから各メーカーは馬力の増大にしのぎを削る。
それでは発動機が大馬力を得る為にはどうしたら良いか?
まずは考えられるのは排気量の増大化だ。
発動機は燃焼室(シリンダー)で燃料と空気を爆発させ運動エネルギーを得る。
だからシリンダーを大きくするなりシリンダー数を増やすなりすれば簡単に排気量(燃焼室の総容量)は大きくなる。
大きくなるけど...
シリンダーを大きくしたりシリンダー数を増やしたりするのは「新型発動機を開発する事」と同じだから、とてつもなく時間や経費がかかってしまう。
そこで排気量はそのままで馬力を増大化する事が考えられる。
大戦初頭、各国は1000馬力級発動機をひっさげて航空機開発に臨み、排気量を変えないまま次々と馬力を増大させていった。
大戦初期の各国主要戦闘機発動機と排気量、離昇馬力を列挙してみよう。
日本 | 栄12型 | 27.9L | 940馬力 |
英国 | マーリン2 | 27L | 1030馬力 |
米国 | アリソンV1710−33 | 28L | 1090馬力 |
独国 | DB601A | 33.9L | 1050馬力 |
まあどれも同じ位の排気量だ。
排気量を変えないまま馬力を増大させるには...
排気量ってのは爆発の大きさなんだから爆発の回数を多くすれば良い。
つまり回転数を上げるのがひとつの方法だ。
DB601Aは排気量の割りに小馬力、アリソンは大馬力だがこれはDB601Aが2450rpm、アリソンは3000rpmだからなのである。
しかし回転数を上げるってのは強度などの問題があって、そう上手くはいかない。
おまけに回転数が向上しても馬力が増大しない事があるってのがミソだ。
次に考えられるのが過給器による性能向上。
発動機ってのはどの高度でも同じ馬力が発揮できる訳ではない。
高々度だと空気の密度が薄くなって馬力がでなくなる。
そこで空気を濃縮する過給器が装備されるのだが、これを高性能化するのが肝要。
他にも発動機を冷却して効率化を図る水メタノール噴射装置など新機軸が次々と取り入れられ、馬力は次第に大きくなってゆく。
しかし幾ら技術革新を重ねても、何時かは天井が見えてくる。
結局は排気量の増大化に取り組まなければならないのだ。
同じ程度の技術レベルなら排気量が大きい方が大馬力に決まっている。
かくして日本は栄から誉(35.8L)、ドイツはDB605(35.7L)、米国はR2800(45.9L)、英国はグリフォン(36.7L)に移行した。
排気量が30L前後だった頃、各国は技術革新を重ね約1000馬力を約1200馬力、約1500馬力へと増大化させていったのである。
排気量30L前後のままで。
だから1500馬力級発動機を実用化するのには時間がかかるのだ。
ちなみに1500馬力発動機が開発されたと考えるより、30L発動機の出力が1000馬力から1500馬力に進化したと考える方が理解し易いと思う。
そして次に現れたのが2000馬力を発揮する上記の35〜45L発動機なのだ。
それでは過給器などによる馬力増大を自転車を例として説明しよう。
同じ人間が変速機の無い自転車と装備されている自転車に乗ったとする。
高速運転と低速運転では適正ギアは違うし平坦路と登り坂でも勿論違う。
高性能な過給器を装備している発動機とそうでない発動機とでは大きな差が生まれ、それが馬力に反映されるのだ。
でもね...
幾ら高性能なギアを備えていても乗ってる人間が虚弱だったら自転車は大して速く走らない。
一般人が15段変速の自転車に乗り、ママチャリに乗った競輪選手に挑んでもてんで勝負にならないだろう。
でも急坂などでギアを最大限に使えば一時的には優位に立てる。
しかし一時的に優位に立ったとしても「俺は競輪選手に勝ったぞ」と言う事にはならない。
航空機も同じだ。
最大馬力や最高速度で凄い数値を出しても総合力で劣っては意味が無い。
すなわち最大馬力や最高速度は「ある一定条件下に於いて出された結果」に過ぎず、排気量こそが発動機のポテンシャルを決定する指標となる。
まあ「排気量こそ大きいが馬力の出ない駄目発動機」ってのも実在するから「排気量の多寡で発動機の優劣を比較するのも?」だが...
言うなれば「この子はやればできるのよ!」って教育ママにお尻を叩かれても勉強しなければ結局は成績の上がらないのと同じである。
ポテンシャルばかり高くてもねえ...
さて次に「同一発動機は常に同じ特性を持つか?」を考えてみよう。
ここに別機体へ同一発動機を装備し比較した面白いデータがあるので紹介する。
日本陸軍が97式戦の採用にあたりテストした中島のキ27(全幅11.3m、全長7.53m、主翼面積18.56平方m、全備重量1410kg、翼面過重76、馬力過重2.07)と三菱のキ33(全幅11.0m、全長7.54m、主翼面積17.8平方m、全備重量1460kg、翼面過重83、馬力過重2.15)がこれで双方とも中島ハ1甲(排気量24.1L、公称620馬力/2300rpm/3700m、最大745馬力/2500rpm/3300m、離昇710馬力:海軍名称寿2型:ただし公称を780馬力/2900mとする資料や離昇を570馬力とする資料、最大を680馬力/3500mとするなどもある)を装備していた。
結果(km/h)は以下の通りである。
キ27 | キ33 | |
0m | 420 | 412 |
1000m | 437 | 433 |
2000m | 445 | 454 |
3000m | 467 | 474 |
4000m | 468 | 468 |
5000m | 467 | 461 |
6000m | 463 | 454 |
どう?
面白いでしょ?
同一発動機を装備していると言っても重量や翼面積、空気抵抗が違うから差がつくのは判るんだが、同一発動機なのに最高速を記録したのがキ27は4000m、キ33は3000mなのだ。
更に4000mではイーブンなのに高々度、低高度だとキ27の方が速く、2000〜3000mの中高度だとキ33の方が速い。
まったくもって面白い。
同じ発動機であっても機体が違えば微妙に結果が変わってくるのだ。
97式戦闘機 |
大事なのはシリンダー:
ごく当たり前の話だが発動機は燃料と空気を燃焼させ動力を産み出す。
この燃焼室がシリンダーで広ければ広い程、動力が大きくなる。
そしてシリンダーを放射線上に配置したのが空冷星形発動機であり、クランクを主とした内部構造及びシリンダーを主とした外部構造によって構成される。
シリンダーは円筒形の燃焼室、で一般的に内径をボア(前にシリンダーの直径と書いたが「内径」の方が正しい。以降はボアと呼ぶ)、長さをストロークと呼称する。
シリンダーの容積はボア÷2×3.14×ストロークであり発動機全体の排気量はシリンダー数×シリンダー容積となる。
火星の場合、ボアが150mm、ストロークが170mm、シリンダー数が14なので排気量は42.1リットルである。
なお14シリンダーエンジンを日本語では14気筒発動機と言う。
また日本海軍では同一サイズシリンダーを同一数、同一構造で装備した発動機を基本的に同一発動機名で呼称(例外として寿3型があるので全てではない)する。
米国も大体、同じである。
ドイツのエンジンはメーカー名+ナンバーで表記されるが、同一シリンダーかつ同一排気量であってもナンバーの異なるケース(DB600とDB601など)が散見される。
英国も大体は「同一排気量なら発動機名が同じ」と言えるが「マーキュリーとパーシュース」の様な例外も見受けられる。
一番厄介なのは日本陸軍だ。
例えば三菱の火星の場合、プレイヤー諸氏も御存知の様に強風が装備した13型(離昇1460馬力)や雷電21型の23型甲(離昇1800馬力)、天山12型や極光の25型(離昇1850馬力)、1式陸攻11型の11型(離昇1530馬力)など様々な型式があるが、これらは同じシリンダーを同じ数だけ装備しているので排気量は全て同じなのだ。
発動機名称が火星なのだから一目瞭然である。
ところが火星とほぼ同じ目的で開発された中島のハ5改(離昇950馬力:97式重爆1型が装備)、ハ41(離昇1250馬力:2式単戦1型や100式重爆1型が装備)、ハ109(離昇1500馬力:2式単戦2型や100式重爆2型が装備)が同一シリンダーで同一数装備、同一排気量なのに発動機名が別なのだ。
把握しづらくて困ってしまう。
よって以降は日本海軍や米国流の呼称で解説するとしよう。
さて、同一サイズシリンダーを同一数装備した発動機は同一発動機だが、シリンダー数を変えた場合はどうなるのであろうか?
これは「別の発動機だが同系列」と考えられる。
ちなみに空冷星型単列発動機のシリンダー数は奇数が基本(偶数だとピストンが同時に上死点と下死点に存在し故障の原因となる為)だが、むやみにシリンダー数を増やすと発動機直径が大きくなり構造も複雑化してしまう。
よって空冷星型単列発動機のシリンダー数は大抵7もしくは9なのであり、シリンダーが11や13になるのは現実的でない。
ちなみに日本初のオリジナル国産量産型航空機用発動機である寿(排気量24.1L)はボア146mm、ストローク160mmでシリンダー数は9であった。
排気量を増大させる手段にはシリンダー数を増やす以外にシリンダーサイズを大きくすると言う手もある。
第2次世界大戦時、諸列強が軍用機用に量産した星型発動機のシリンダーでもっとも大きかったのは日本の光でボア160mm、ストローク180mmであった。
これは量産された軍用機用星型発動機としてはボアで世界最大、ストロークで英のペガサスに次ぐ2位であり9気筒ながら排気量が32.6Lもあった。
ただしボアを大きくするとシリンダーの冷却効率が悪くなり高回転時に問題が生じてしまう。
「中島飛行機エンジン史」によると光で高回転実験をしたらかなりの障害がでたらしい。
加えてストロークが長いのも発動機直径が大きくなって空気抵抗が増すと言う欠点がある。
そこで中島は160mm×180mmシリンダーに見切りをつけ、光の後継たる爆撃機用大型発動機としては新たにボア155mm、ストローク170mmの新型シリンダーを採用する事にした。
これが護である。
え?
シリンダーが小さくなったら排気量が減ってしまうんじゃないかって?
大丈夫、シリンダー数が14になり排気量が44.9Lに増えたのだ。
むやみにシリンダーを大きくするよりシリンダー数を増やした方が効果的なのである。
ここで「あれ?14は偶数だし11気筒以上は非現実的じゃないの?」との疑問が湧いてくるかも知れない。
心配ご無用。
寿や光は単列星型だったから偶数や11以上は御法度だったが護は1列7気筒を二つ繋げた複列発動機なのである。
複列化する事により各メーカーの発動機排気量は飛躍的に増大した。
かくしてシリンダーサイズを変えないまま、各発動機は多気筒化により進化していく。
すなわち寿の14気筒化がハ5及びその改良型たるハ41と109で排気量は全て37.5Lであり、18気筒化がキ87高々度戦やキ94高々度戦に装備されたハ44(48.2L)となったのである。
第2次世界大戦中、日本陸海軍の主要軍用機(練習機などを除く)が装備した空冷発動機のシリンダータイプと気筒数:排気量をちょっとまとめてみよう。
ボア×ストローク | 発動機 | 気筒数 | 排気量 | |
1 | 140×130 | 瑞星 | 14 | 28.0L |
2 | 140×150 | 金星 | 14 | 32.34L |
ハ43 | 18 | 41.6L | ||
3 | 150×170 | 火星 | 14 | 42.1L |
ハ42 | 18 | 54.1L | ||
4 | 146×160 | 寿 | 9 | 24.1L |
ハ5系 | 14 | 37.5L | ||
ハ44 | 18 | 48.2L | ||
5 | 130×150 | 天風 | 9 | 17.91L |
栄 | 14 | 27.9L | ||
誉 | 18 | 35.8L | ||
6 | 160×180 | 光 | 9 | 32.6L |
7 | 155×170 | 護 | 14 | 44.9L |
見て判る通り1、2、3は三菱、4、5、6、7は中島の発動機である。
何故、両社が幾つものシリンダーを開発したかと言うのは用途が異なる為だ。
排気量は大きいが空気抵抗も大きい火星やハ5系は爆撃機用、その逆の栄や誉は戦闘機用であった。
更に大事なのはストローク:
空冷発動機ではシリンダーの数値の中でもストロークが大きな意味を持ち発動機の性格を表す。
ストロークが長ければ排気量が大きくなる反面、発動機直径が太くなって空気抵抗が増し、短ければ小排気量かつ小空気抵抗となる。
つまり大馬力を要する爆撃機用と高速を要する戦闘機用が明確に分化する訳だ。
空冷発動機の排気量とストロークサイズ及び発動機直径比較 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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見ての通りストロークが長い発動機は発動機直径が大きい。
しかし...
誉とハ43はストロークが等しいのに発動機直径はハ43の方が50mm大きい。
これは何を意味するか?
ハ43は誉に比べクランクを中心とした内部設計に余裕があるのではなかろうか。
誉は整備性の悪さや低稼働率で悪名を馳せた。
そして誉の数々の欠点(混合気の配分問題や軸受破損、出力低下、配線燃焼など)のうち幾つかは時間と共に解決されていったが「根本的要因」による欠陥は何時までも残り続けた。
新型発動機が順調に動く様になるまでにはそれなりに時間がかかる物である。
「確かに誉は欠陥だらけだったがハ43の欠陥が露呈しなかったのは量産されなかったからだ。もしも量産されていたら誉同様、欠陥だらけだったに違いない。」と断じる人士もいる。
だが果たしてそうだろうか?
仮定論に過ぎないが「そうでもないんじゃないか?」と僕は思う。
同じ18気筒発動機ながら三菱のハ42は誉ほどの悪評は聞かない。
その三菱が手がけたハ43だ。
それなりにノウハウも蓄積されているだろう。
加えて前述した50mmの余裕がある。
お試し版はここまでとなります。 全て収録したフルバージョンは弊社通信販売にてご購入いただけます。 |