日本陸軍の戦車部隊

う〜ん、戦車師団について解説しろって言われてもなあ...
日本軍の場合、ルソン戦と大陸打通作戦を除くと戦車部隊を師団単位で運用した例ってないんだよね。
戦車師団ってのは本来、4個戦車連隊編成であるべきなんだけどこの両作戦にしたって大陸打通作戦じゃ戦車第3師団は2個連隊、ルソン戦でも戦車第2師団は3個連隊しか戦車をもっていなかった。
こうした作戦にしたって連隊単位で逐次投入されてるしね。
加えて色々な資料に出てくる戦車第2、第3師団の作戦投入戦車数はどうも釈然としない部分があるんだ。
やはり日本軍の戦車部隊を見る時は連隊単位で見た方が良いんじゃないかって気がする。

開戦時の日本戦車部隊兵力
開戦時の陸軍戦車部隊兵力は戦車連隊数計15(1〜14、23)
第1戦車団(3,5,9連)
第2戦車団(4,10,11連)
第3戦車団(1,2,6連)
その他6個独立連隊
南方攻略には7個連隊を使用する予定であったが実際に使用されたのは6個であった。
その内訳は以下の通りである。
第3戦車団、独立4、7、14連隊(14連は第3戦車団へ配属)

それでは開戦時に各戦車連隊はどれだけの戦車を保有していたのであろうか。
原乙未生著「日本の戦車」から実数を挙げてみよう。
1連(95軽15、97中31:計46)、4連(95軽38)、5連(97中38)、6連(95軽12、97中25:計37)、7連(89中32)、11連(95軽5、89中8、97中28:計41)、14連(95軽32)、23連(95軽10、97中36:計41)
一瞥して判る様に各戦車連隊の戦車保有数は約40、また4連や14連の様に軽戦車のみからなる部隊(これが4個連隊あった)と5連や7連の様に中戦車のみの部隊、その他の部隊の様な混成など3パターンの編成があった。
開戦時の実数が判らない部隊もあるし混乱も避けたいのでゲーム上では1個連隊を40両とし混成の場合は軽戦車10両、中戦車30両としてデータ化した。
なお多くの軽戦車連隊が後に混成へ改編されている。

第2段階作戦兵力拡充
昭和17年の第1段階作戦終了後、第2段階作戦に備え大規模な部隊改編を行う。
これにより第1機甲軍、および1〜3戦車師団を編成。
昭和17年に於ける戦車連隊総数22、その配置は以下の通り。

満州
 第1機甲軍(満州東部)
  戦車第1師団(牡丹江)1、3、5、9連隊
  戦車第2師団(勃利:東安付近)6、7、10、11連隊
 教導戦車団(公主嶺)23、24連隊
 15連(孫呉)、16連(ハイラル)
北支:戦車第3師団(包頭)8、12、13、17連隊
内地:独立2、18、19、22連隊
蘭印:4連隊
ビルマ:14連隊
連隊番号の内20、21は欠番
新設は15〜19連、22、24の7個

一見すると大量に部隊が編成された様であるが戦車第1及び第2師団は第1及び第2戦車団に1個連を増加させ改編した部隊に過ぎず戦車第3師団は騎兵集団を改編した部隊であった。
また15連は第1師団戦車隊、16連は第23師団戦車隊を改編した部隊であり全くの新設部隊ではない。

昭和18年の編成
 昭和18年に25、26、27の3個連隊を編成
 ただし25連は12連から2個中隊を抽出して編成された部隊である。
 また26、27連は戦車第1及び第2師団捜索隊を改編した部隊に過ぎない。
昭和19年の編成
 昭和19年に戦車学校教導隊を解体し28、29、30の3個連隊を編成。
 28連は千葉戦車学校、29は騎兵学校、30は四平戦車学校である。
 もうこうなると「オシマイ」だ。
 この3個連隊は後の戦車第4師団となる。

連隊兵力の拡充
昭和18年頃から戦車連隊の兵力差が目だち始める。
小型の連隊(15連隊)では軽戦車2個中隊(30両)から大きな部隊(5連隊)では各種5個中隊(定数103両:ただし実数は昭和17年10月時57両)まで色々あったようである。
なおこの数値は加登川幸太郎著「帝国陸軍機甲部隊」198ページによるが少々疑問を感じる。
やはり日本陸軍戦車連隊は最大でも5個中隊(定数60〜75両)、実数だと50数両といった所ではなかろうか?
ちなみに1号作戦時の13連隊は5個中隊編成(73両)で完全充足だったようである。
面白いのは14連隊で開戦時の軽戦車3個中隊編成から95式軽戦車1個中隊、鹵獲M3軽戦車1個中隊、97式中戦車2個中隊の混成に改編されたがその後、97式軽装甲車1個中隊が編入された。
更にインパール作戦時、各中隊は鹵獲M3軽戦車1個小隊、95式軽戦車1個小隊、97式軽戦車1個小隊に改編され連隊の戦車総数は66両(「日本の戦車」による数値:同書によれば1式砲戦車が1両配備されている。)だった。
ただしインパール作戦時の14連隊戦車保有数については陸上自衛隊幹部学校編纂「インパール作戦・下」では60両(全車喪失)、戦史叢書「イラワジ会戦」209ページでは52両(49両喪失)としている。
丸エキストラ版8号190ページでは3個中隊編成で全滅の様だ。
はたして1式砲戦車は本当に配備されていたのだろうか?
戦史叢書「イラワジ会戦」316ページだとマンダレー到着時の保有車両を中戦車2,砲戦車1、軽戦車3(う〜ん、さっきより3両増えてるな。どうしたんだろう?)としてるのでやっぱりあったらしい。
なお終戦時、戦車第1連隊の第3中隊は1式中戦車1両、97式中戦車改5両、97式中戦車3両、95式軽戦車3両、ホハ車1両、その他の装甲兵車2両で編成されていた。

終戦時の戦車兵力
昭和19年次における戦車兵力は1〜30(20、21欠)の28個連隊であった。
これに加え19年末から本土決戦に備え多くの部隊が編成される。
しかし戦車の生産量と損耗から考察するとほとんどの新編部隊は未充足であったと思われる。
(さして部隊を新設していない昭和18年ですら年間戦車生産数は881両だったのに昭和19年の生産数は294両、昭和20年の生産数は127両に過ぎなかった。どうしたってこれでは計算が合わない。)
終戦時の在満州部隊は34、35、51、52の4個連隊。
中国には3個連隊(12、13、17連)。
終戦時の戦車連隊数は46(玉砕部隊も含む)。
つまり19年末からの緊急動員兵力が18個あった事になる。
これらのうち大部分は20年4月の編成下令なので戦力はかなり低い。

各戦車連隊の所在地一覧
連隊名 41.12  42.4    42.8   44.6  終戦
1   マレー    モールメン   ラングーン  牡丹江   銚子
2   マレー    プローム    ジャカルタ  宇都宮   横須賀
3   新京     新京      牡丹江    南昌    全県
4軽  フィリピン  スラバヤ    スラバヤ   クーパン  クーパン
5   牡丹江    牡丹江     牡丹江    牡丹江   銚子
6   マレー    シンガポール  東安     東安    滅(比)
7   フィリピン  バターン    東安     東安    滅(比)
8   奉天     奉天      奉天     ラバウル  ラバウル
9   牡丹江    牡丹江     牡丹江    サイパン  滅
10  東安     東安      東安     東安    滅(比)
11  東安     東安      東安     ホロムシロ ホロムシ
12軽 太原     太原      太原     太原    ソウル
13軽 漢口     漢口      漢口     天津    長沙
14軽 マレー    ラングーン   マンダレー  マンダレー プノンペ
15軽                孫呉     ニコバル  ニコバル
16軽                ハイラル   ウェーク  ウェーク
17                 銚子     漢口    天津
18                 福岡     福岡    鹿児島
19                 大阪     大阪    福岡
22                 仙台     仙台    釧路
23  新京     新京      新京     新京    名古屋
24         新京      新京     新京    名古屋
25                        北京    高雄
26                        牡丹江   滅
27                        東安    滅
28                        銚子    銚子
29                        銚子    銚子
30                        銚子    銚子
33                              銚子
34                              奉天
35                              新京
36  (45.4編成)                   (銚子)
37  (45.4編成)                   (鹿児島)
38  (45.4編成)                   (宇都宮)
39  (31大隊)                      宇都宮
40  (32大隊)                      鹿児島
41  (45.4編成)                   (横須賀)
42  (45.4編成)                   (福岡)
43  (45.4編成)                   (鹿児島)
44  (45.4編成)                   (仙台)
45軽 (45.4編成)                   (四国)
46  (45.4編成)                   (福岡)
47軽 (45.4編成)                   (四国)
48軽 (45.4編成)                   (銚子)
51  四平戦車学校の残部                  (新京)
52  四平戦車学校の残部                  (新京)

所在地の( )の部隊はゲーム上未存在としている。
実際の地名ではなくゲーム上の地名(実際地の付近)としている事に注意。


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